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5 私がどうにかできるなら




 大量の敵を前に、相性が決して良くないはずのイレイザーヘッドは健闘、どころか、場を圧倒していた。
 皆が、自分のできることを探っている。なんだかそのことに、急に自分が恥ずかしくなった。私はなにもしていなくて、主体性なくここにいる。きっと、このままでは相応しくないのだ。ここにいたいならば、雄英高校ヒーロー科の生徒としてありたいのならば、変わらなければ。
 ごくり、と生唾を飲み込む。なにか不快なものが胃袋から食道を逆流する感覚は久しい。久しいが、一生味わいたくなかった類のものだ。
 早く避難を! と皆を急かす飯田に、まだ少し違和感のある脚を叱咤して歩き始める。そうして出入り口に方向転換するやいなや、ゾワ、と黒いモヤが視界の大部分を覆った。
「させませんよ」
 モヤが話す。それでやっと、その黒いものが人間であることに気がつく。モヤモヤと炎のようにうごめいたそれが、人ような形を成した。
「はじめまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
 衝撃の発言に、時が止まってしまったようだった。頭が理解を拒んでいる。阿呆の発言のようなそれを、いきがって現実が見えていない若輩者の戯言を真剣に言っている現実を。

 ゆら、とまたモヤの形が変わる。
「まぁ、それとは関係なく……私の役目はこれ」
 完全に人の形を失った瞬間、バッ、と人影が二つ飛び出した。切島と、爆豪だ。ボン、と大きな爆発音がして、煙が上がる。
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
 叫んだ切島だが、モヤはダメージを受けた様子もなく、危ない危ない、などとうそぶいた。
「そう……生徒といえど優秀な金の卵」
「ダメだ!どきなさい、二人とも!」
 切島、爆豪の背後にいた13号が叫んだ。その声がきっかけのように、モヤが集団を囲むように霧散する。はっと気がついた頃には、もう逃げ場などなく全方位囲まれてしまっていた。
 湊ちゃん、という声が聞こえて、気がついたら桃色の長いものに捉えられて、放り投げられた。着地をした先で、障子の複製腕に守られる。蛙吹にとっさに弾き飛ばされ、救われたことがわかった。

「皆はいるか!? 確認できるか!?」
 モヤが晴れるや否や、飯田が立ち上がりそう叫ぶ。場違いではあるが、やはり飯田は指導者の素質があると考えてしまって、そんな余裕がまだあることに少し安堵した。冷静でいなければ、できることもできなくなるのはわかっていた。
 散り散りにはなっているが、この施設内にいる。障子が個性を使用して状況を把握し、それを共有する。
「物理攻撃無効でワープって……! 最悪の個性だぜ、おい!」
 物理攻撃無効。本当にそうだろうか。実態がないようには見えるが、本当にそんなことがありえるだろうか。そう考えていれば、13号が振り向いて、飯田の方を向いて言った。
「……委員長! 君に託します。学校まで駆けて、この事を伝えてください」
 警報は鳴らない、電話も圏外。原因は明らかに目の前の敵のせいで、時間が解決することはない。そして、原因を取り除きコンタクトを試すよりも飯田の脚のほうが圧倒的にはやい。
「しかし! クラスを置いていくなど委員長の風上にも……」
「行けって非常口! 外に出れば警報がある! だからこいつらはこん中だけで事を起こしてんだろう!?」
「外にさえ出られりゃ追っちゃこれねえよ! お前の脚でモヤを振り切れ!」
 砂藤・瀬呂がそう言って、飯田の前に立ちはだかる。

「救う為に、個性を使ってください!」

 その言葉に、はっとした。私は、自分の個性が、さっき先生が言った「簡単に人を殺せる力」だということは十分すぎるほどに理解していたつもりだ。でも、「人命のために個性をどう活用するか」ということを考えたことはあったろうか。「自分の力は人を救けるためにあるのだ」と、理解出来ていなかったんじゃないだろうか。
「食堂の時みたく……サポートなら私、超出来る、から! する! から!」
 麗日がぐっと拳を握って、飯田に言い放つ。意を決して、湊も飯田に近寄り、周囲には聞こえないようにして口を開いた。
「飯田くん。出入り口の扉、私の個性で飛ばせば開けなくても済む……でしょ。私の射程は十五メートル。触れていないとテレポートさせられないから、私を背負って出入り口近くまで逃げてほしい」
 目線を合わせて、コクリと頷きあった。
「手段がないとはいえ、敵前で策を語る阿呆がいますか」
「バレても問題ないから語ったんでしょうが!」
 13号が指先の部品を外して、ブラックホールを繰り出す。ごおっ、と音がして、引力が生じた。しかし、相手の個性はワープなのだ。ワープとはすなわち、空間のつなぎ方を任意に変えられるということで。
「先生ーー!!」
 13号の正面の空間が、背後に繋げられる。永久機関のようになったそこはすなわち、13号が自分で自分の背中を塵に還す機関になってしまった。
「飯田くん! 今、行かなきゃ!」
 飯田の背中に張り付いて、背後で叫ぶ。モヤが気を取られた今こそが好機。
「くそう!」
 飯田が個性を使って走り出す。すごいスピードに、思わず目を瞑る。まだ、もう少し。一発で外まで飛ばせるまで、あと十メートル、五メートル。そう思ったところで、ごう、と目前に真っ黒いものが広がった。
「教師たちを呼ばれてはこちらも大変ですので」
 まずい! そう思う。このままでは飛ばされてしまう。外に出なければ、助けが来ない。皆が、死んでしまうかもしれない。死んでほしくない。私の個性は、人を救けるためにあるのだ!
 たすけなきゃ、たすけなきゃ、助けなきゃ! 私が、私がどうにかできるなら、しなきゃ!

 我武者羅、という言葉が正しくふさわしかった。個性の距離上限も、重量上限も全部頭から抜けた。あったのはただ、外に出て、助けを呼ばなきゃいけないということだけ。
 気がついたら、景色が外に移り変わっていた。地上から一メートル上空に放り出されて、飯田は着地できたが湊は地面に叩きつけられる。でももう、痛いという感覚すら、わからなかった。
「標葉くん!?」
「行って! いいからッ、行って!」
 それだけ、ブレる視界で、飯田らしき人影に向かって言う。途端、ぐるりと視界が回って、胃袋がひっくり返るような感覚に逆らえず、昼食を全てそこへぶち撒けた。
 脳が揺れる。三半規管がぐちゃぐちゃにされて、なにかおかしな電流を流されているようだ。今自分がどこにいるのか、どうしているのか。全部わからない。吐瀉物と涙と鼻水にまみれて、気を失った。




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