(side:本田菊)





「また、そんなものを喫っているのですか」

耀さんの唇から薄く漂う煙。

扉を開けると襲いくる臭い。

「ここ、開けておきますね」
反論されないように先に釘を刺しておく。
その行動に少し耀さんは眉を寄せた。

多分反論できない様にしたことについて。

「大丈夫あるよ。加減はわかってるある」

加減を知っているならこの現状はなんだ。
思わず口から出てきそうになった言葉をそのまま飲み込む。


「菊、我の家じゃこれは芸術的に高められているある」
高貴な趣味だ、と薄く笑う。

だからなんだ。

その趣味は身体を壊してまで極めるものか。


「わたし、その臭いきらいなんです。くさくて。」

だからやめろ。少なくとも私の前では。
知らなかったら心配しなくて良いから。

正直臭いなんてどうでもいい。
あの人の影が目障りだ。

香るのは薔薇と紅茶の。


「もうそろそろ帰るよろし」

気だるげに言われた。
でも外を見ればもう真っ暗だ。
長居し過ぎた。

「すみません、長居してしまって…」

「気にすんなある。また来るよろし」

お前は大事な弟だから、と微笑う。


その言葉に安堵すると同時に一抹の物足りなさを感じる。

その答えを私はもうずっと前から気づいている。




でも耀さんは英国の事を好いている。
本人は絶対に認めないだろうけれど。



***



搾取できる対象が居ないということは、国際社会において圧倒的に不利だなぁ、と最近痛感した。



先の世界恐慌。
一つの大国の失敗。

忌々しい。
若さゆえの軽率な行動。


自分のはっきり言えない性格をあのとき程呪ったことはない。
いっそ口汚く罵れたらどんなに痛快だったでしょうか。
今になって思う。

でもたとえ時間が戻ったとしてもやはり同じことを繰り返してしまうだろうから、やはりこの結果が自分の最良だ。



「今年――庭――薔薇が――に比べて――」


目の前の西洋人が。
何か話しをしている。


「それは大変美しいことでしょうね」

面白くもないのに微笑む。

正直貴方の家の庭のことなんてどうでも良いんです。

枯れようが燃えようが。

「お庭の手入れは英国さんがなさっているのですか?」

十やり取りがあったら全てに頷き、五回その場にあった相づちをいれ、表情を変え、二回相手が求めているだろうことを言う。
そして一度反対する意見を言ってみて、相手が正しいというような内容で軽く持ち上げる。

こうすれば内容に興味が無くてもそれらしく見える。

更に周期を変えるとなお良ろしい。


「あぁ!ほとんど俺がしているが、どうしても手が回らないときは信頼のおける庭師に任せている。」

「さすが英国さんです。すごいことですね」


言うと目の前の英国は嬉しそうに表情を崩した。
滑稽だ。

「そんな大した事じゃない」

良かったら今度家に来いよ、と続ける。

「えぇ。またいつか」

受けとり方によっては断りの返事。
そのとおりなのだが。





自分程性格の悪いものは無いと思っています。
それはもうずっと前から。

心は痛みません。

私は貴方が嫌いですから。


***



「我なら大丈夫あるよ」



煙管から煙を吸う彼を見ると不思議な気持ちになってくる。

きっと彼はああして自分の欠けた部分を補っているのだ。

欠けた部分がまさか練り上げられた罌粟だとは思わないけれど。
欠けた部分に私を思ってくれないかとは言いません。
そんなたいそれたこと言えません。

見ているだけで良いとは言いませんが、こうして貴方を見ているだけで幸せなのです。

だから失念していたのです。


私達は似た者同士だと。



***



今日は政府の人間との晩餐会だ。
だけれど中々気が進まないまま現在に至る。


この感情をどうすれば良いのかと考える。

憎悪。
一体何に対してかもわからない。
目に映るすべてがただ不愉快だ。

苛々する。


「貴方様の為なら皆よろこんで――」

五月蝿い。

「そうですか」

わらう。満足そうに。

「此度の××××は我が国を潤すことでしょう!」

わらう わらう

「どうですかここの食事は?」
「えぇ。とても美味しいです」
卓の上の贅を尽くされた食事。
ちなみに外では食事もまともに食えない人間がいるだろう。

親を亡くし、家を失い、泣いている子らがいるだろう。

私が知らないところで。


どうでもよいことだ。
少なくとも私は飢えていない。






食事会が終わり、理由をつけて執務室に一人。

いつも長時間座り続けている椅子。
赤色の天鵞絨張りのそれ。

床は赤色の絨毯。

見回すと所々に西洋風の豪奢な家具が。小物が。

座っている椅子さえ。


西洋の文化は素晴らしいです便利です。

気が付けばここまで攻め込まれていました。

鏡に映る自分の姿。

洋服の着方。

言葉。

ひとつひとつ。


「あぁあぁぁぁぁぁッッ!!」

恐ろしい!だんだんと自分が侵されることが!

前の生活には戻れないだろう自分が!

「ッ!!」

机の上の花瓶をはたき落とす。

ガシャン!!とすごい音が鳴り、中身の水と薔薇と破片が散らばった。

みるみるうちに水は絨毯に染みて不思議な模様を描いた。


暗闇の中 妙に大きく聞こえる自分の荒い息遣い。

それでも割れた花瓶を見ると心が幾分落ち着いた。

戯れに花を踏み潰す。

「…私は大丈夫です」


だってまだ笑えるもの。





はじめは。
確かに貴方のためでした。

ですがどうでしょう。
どうやら私は遠く離れてしまったようです。


私はもう 一人では戻る事すらできないのです。




誰か迎えに来てください。









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