こういう時自分の手のひらは便利だと思う。
刻んでも溶けないチョコレート。
でもそれは良いことなのか。
チョコレートは溶けないと甘さは感じられない。
それと似て私には人の心をとろけさせる事ができない。
だから無理だった私はそれを放棄した。
(駄目だな私は…)
単純な作業をしていると悪い方にばかり考えてしまう。
うん兄さんの事だけ考えていよう。
***
ここはひとりで寒い。
(兄さんの家でみんな一緒に住んでいた時は暖かくて寂しくなんかなかったのに)
「ッ!」
考え事をしていると針で指を刺してしまった。
ぷくりと赤い玉が膨れて流れ落ちる。
血の気が引いたのがわかる。
ラッピング用に作った花が。
(いけない!)
間一髪で、血液は私のエプロンを汚した。
安堵する。
汚してしまえば渡せなくなる。
急がなければ。
意味がないものになってしまうから。
***
「にいさん」
「な、ナターリヤ!どうしたの?」
驚いている。
勝手に入ってきてしまったから。
「チョコレート?」
「ええ。今日はバレンタインでしょう?」
「ありがとう。嬉しいよ」
わらう。兄さんが。
兄さんに微笑みかけられるとそれだけで私の存在している価値が見出だせる。
「このリボンの刺繍は綺麗だね。ナターリヤは上手だね」
嬉しい。
嬉しすぎて今の私はきっと変な顔をしている。
「うん、そうやっていつも微笑ってると皆が喜ぶよ。」
「なぜですか」
「可愛いからだよ。」
「嘘です」
可愛いなんて。
それにどうして私が笑うだけで喜べるんだ。
万が一それが本当だったとして。
ではなぜ貴方は私を傍に置いてくれないのですか。
「嘘じゃないよ。みんな本当はナターリヤと喋ってみたいんだよ」
みんななんていらない。
私は貴方の傍にいたい。
「私と結婚してください」
「だめだよ」
兄さんが困った顔をして微笑う。
「なぜですか」
「近親相姦は三大タブーの一つだから神様が許さないよ」
「神様なんてどうだって良いでしょう」
そんな形のないものをなぜ信仰するのか。
「好きではないからですか」
「ちがうよ」
「ではなぜですか」
質問ばかり。
嫌な子供。
私はいつも兄さんを不快にさせてしまう。
「そんなに姉さんが好きですか?」
最悪だ。私は。
汚ない。
いつも口から出てくるものは
醜いものばかりだ。
嫉妬 後悔 罵倒
誰が私を好きだと言うの?
誰が私と話したいなんて言うの?
兄さんだって私がきらい。
私だって私がきらい。
「僕は姉さんと同じようにナターリヤが好きだよ」
そうやって優しく言わないで。
駄目になってしまうから。
そうやって優しく微笑わないで。
もっと好きになってしまうから。
「だから僕の大事なナターリヤをそんなに傷つけないでくれ」
ゆがむ。兄さんが。
「おいでナターリヤ」
兄さんに抱き締められる。
「ナターリヤのそれは恋人に言う好きじゃあないでしょう?」
わからない。息が苦しい。
「ナターリヤの好きは親愛のそれだよ」
「私、にはにいさんだ、け」
「ううん。君の世界はもっと広いよ。たくさんナターリヤの事を好いてくれる人がいるよ」
それにまだチョコレートをあげる人はいるでしょう?と囁く。
「は、い」
にこりと兄さんが微笑う。
「じゃあ会いに行かなくちゃ。
きっと待ってる」
***
私は兄さん家を飛び出した。
***
「寂しくなっちゃうなぁ…」
残された兄は一人呟いた。