窒息死。それは実に素晴らしい
一番愛のある殺し方ってご存知ですか?
または愛されたと実感できる死に方。
それは、窒息死だと思うのです。
首を絞められるのも
接吻の結果でだって。
「ねぇ、アーサーさん。首を絞めてくれませんか。」
「死にてぇなら他をあたれ。俺は死にたがりを死なせてやるほど優しくねぇし、そんな臆病者と同盟を組んだ覚えはない。」
不快そうな声音と顔。
「死にたい訳ではないんですがねぇ…」
殺してくれ、だなんて。
そんな大それたこと。
「じゃあなんだ?」
「強いて言うなら性癖、でしょうか。」
そうだ性癖。その言葉がしっくりくる。
「変態だな。」
吐き出された言葉。侮蔑と嘲笑。
「貴方程ではありませんよ。大英帝国様?」
様にアクセントを置くと、面白いくらいに顔が歪んだ。
「それともこんな枯れた爺を殺せないくらい非力で臆病なのでしょうか?」
「誘ってんのか?」
「あら、そう聞こえませんでしたか?」
は!と彼が笑う。
「上等だ。イかせてやるよ。」
彼が馬乗りになる。
下から見る彼はとても綺麗だ。
金糸の髪。
陶磁の肌。
森色の瞳。
豪奢な装飾。
形の良い指先が私の首に辿り着く。
微かに性的快感にも似た感覚。
ゾクリと肌が粟立つ。
「っか、ふ…ぅ」
漏れる私の声。
喉の骨が内側に圧され軋む感覚。
血が塞き止められて、澱む感覚。
気が遠くなる。
そこに一切の容赦はない。
だからこそ。
だからこそ私は彼にこのはた迷惑な願望を押し付けた。
「はっ…ぁ」
ヒューヒューと笛の様な音が喉からする。
狭くなった気管は醜い音を立てて空気を通そうとする。
肺が、脳が、私の身体が、酸素を求めることを強要する。
まだ、私は生きていたいらしい。
「どうする?まだ絞めるか?」
この状態でどうやって声を出せば良いのだ。
「ま、だで…す…」
唇だけで伝える。
聞き入れてくれたのか最初から聞く気など無いのか、その力が緩むことはなかった。
耳鳴りが酷い。
視界が煙る。
ああわたしは。
まだこの感覚をあじわっていたいのに。
***
首を絞めてくれと言われたときは正直焦ってしまったのだ。
俺の願望を気取られてしまったかと思って。
その細くて白い首に残るだろう痣はどんなに鮮やかだろう。
首を絞められたお前はどんなに
艶やかに啼くだろう。
だからお前に乞われたときは嬉しかったのだ。
純粋に、ただ心の底から。
だってそれは。
俺の世界にお前を閉じ込めて。
俺の吐いた息だけ吸って
つまりはそういう事だろ?
腹が空いたなら俺の愛情をお前が食って。
水の代わりには俺の唾液を飲めばいい。
そうやってゆっくりとお前は死んで行く
そんな歪んだ夢想。
それが叶うことはこれからも無いだろうけど。
***
「気がついたか?」
最悪な目覚め。
首が痛い。
「死んじまったかと思ったぜ?」
「私は、どれ程眠っていたのでしょうか?」
ふと鏡台を覗くと痛々しい痕が残っていた。
首に絞められた痕がまるで首輪の様で。
「さぁな。そんなに長くは寝てなかった。」
「心配しましたか?」
私がそう聞くと、とても不快そうに顔を歪めた。
「する訳無ぇだろ。ばぁか。」
「そうですか。」
どうでも良い事だ。
「アーサーさん。」
「なんだ。」
「次はもっと上手に絞めてくださるよう頼みます。」
見ての通り酷い痣ですし。
「…変態だな。まだ懲りねぇのか」
「えぇ。首を締めて貰えるということは素敵なことですから。」
「よく分からないな。何がそんなにイイんだ?」
「憎悪と愛は同意義でしょう?」
だって殺意を抱いた人の瞳は熱に浮かされたように蕩けている。
まるで恋人に愛を囁いている時の様に。
或いは情事の最中の様に。
「それにただ単に息ができなくて死ぬことだけが窒息死ではないでしょう?」
それは酸素であったり。
恋人からの愛であったり。
または愛しすぎた結果であったり。
身動きがとれなくなって
息がしづらくなることもきっと。
そう言うとアーサーさんは口を面白そうに歪めた。
「俺の愛は重いぜ?」
「ええお願いします」
愛されていることが自覚できることは幸福だ。
重すぎて身動きがとれないくらいに愛されることは。
そしてそうなってしまった私をきっとこの人は殺すだろう。
それは愛故に。
ああなんという恍惚。
窒息死。それは実に素晴らしい愛されすぎても人は死ぬんです
あいしてます あいしてます
私は貴方の唾液を飲んで生きていきます
後記
管理人葉隠咲良様の企画に参加させて頂きました!
大遅刻ぶっかましてしまい本当に申し訳ありませんでした!!
しかも文が長い…
ここまで読んでくださった方はお疲れ様です。
たのしかったです!
ありがとうございました!
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[mokuji]
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