或ひはそれは桜のやうに

春、昼下がり。


「お花見、しましょう」


このまま彼女の傍で微睡んでいたかったのだけど。

彼女がそう言うから。





「綺麗ですねぇ」

庭に緋毛繊を敷き、二人は寛ぐ。


酒と、食事。


「お口に合いますか?」

「ああ」

鰆をこの国の調味料に浸けて焼いた料理。
それをほぐしながら酒を飲む。
「それはなによりです」

そう言って桜も同じものを食べる。
鰆の西京漬け。

上品に。

美しかったからしばらく手を止め見惚れていた。

そして分かったことだが、彼女の食べ方には規則性がある事に気づいた。

「…どうしました?」

「いや…」

変な人と笑われてしまった。


「桜」

「ふふ…どちらのことですか?」

「お前の方や」

「何でしょう」


「坊の話、受けるんか」




***



「坊の話、受けるんか」


思わず肩がびくりと震えた。


唐突に切り出されたので表情を取り繕う事ができなかった。


彼が指すのはアルフレッドさんからの申し出。


私にとって不利益な条約。


「…えぇ」


だって仕方ない。
今の私にはそれをはね除ける力はないから。



それに…


「貴方も望んでいたことでしょう?」

「……。」


私が鎖国を解くこと。


だから今までこうしてやってきたのではないですか。


何度も何度も。





お互いが恋仲だと誤認してしまうくらい。



「さくら、綺麗ですねぇ…」



もういいじゃないですか。

この席にそんな不粋な話を持ち出さなくても。




***



「さくら、綺麗ですねぇ…」

その言葉でこの話題が打ち切られてしまったことを悟った。


「…お前は、」
「大丈夫ですよ。伊達にこれまで生きてきたわけではありませんから」


貴方好みの女性でしたらまた違ったのかもしれませんけど、と悪戯げに笑われる。

「……。」


「あら?怒ってしまいましたか」


流石と言うべきか。

幼い見た目に惑わされるが、伊達にこれまでこの極東で栄えてきたわけではないようだ。



「なぁ桜…」

「何でしょう?」


「また一緒に」



―――――。



いきなりの強風。

ちるはなびら。

乱れる黒髪。


きっとこの願いは届かない。




***



その無為な約束。

恐ろしいくらい乱れる私の髪とは裏腹に、私の心は凪いでいた。

唐突に理解した。


(わたし、きっと このひとをきずつけるでしょう)

おそらく遠くない未来。


「桜?」

怪訝そうな表情で私を見る彼がゆがむ。


ああ。

慣れた感触。ここ最近付き合いすぎた感触。


「目に、ごみが入ってしまったのです」


嘘です。




でも。

初めから目蓋を閉じていたら、泣かなくてすんだのでしょうか。


せめて私に目隠しした手が貴方なら良かったのに。

だって、自ら目を塞ぎ耳を塞いだって虚しいだけじゃない。


でも。

貴方は目隠ししてくれなかったし、私は目蓋をこじ開けられた。


私はもう一度自ら目を塞ぎ耳を塞ぐことは許されなかった。



「今日は駄目な様ですから、また今度にしましょうか」



貴方が微かにわらう。


今だけは無為な約束にすがらせて下さい。

本当は気が狂いそうなほど明日が来るのが恐ろしいのです。

















***









「綺麗だね」

「えぇ。」

隣に居るのは彼ではない。


「寒くない?」

「大丈夫ですよ」


灰色の街。

そびえ立つ摩天楼に突き刺された空は病んだ青色をしている。

そこで散る桜色は合成なのではないかと錯覚する。



「桜がなぜ美しいか知っていますか?」

それはほんの気紛れ。

ただの音遊びに言葉を紡ぐ。


有名なはなし。


「ジャパニーズホラーは陰惨で好きじゃないよ…!」

「いえいえ、そうではなく。」

確かにたんぱく質、脂質、鉄分その他はさぞかし栄養価の高い土壌にはなりそうですが。

それだけでは綺麗にはなれないと思うんですよね。


「くるってしまっているから。」

「え…?」

聞こえなかったみたいです。

もう一度。


「狂人は恐ろしいくらい美しいそうです。
死体を抱き続けてその養分を貪るなんて。
気違い染みているでしょう?」

だからとっくに桜は気が触れてしまっているのです。

なんて突拍子もない理論。


でも私の中ではそれが違和感なくおさまっている。



「だから君は綺麗なのかい?」


ふ は 。


アルフレッドさんには悪いけれど笑ってしまった。

なんて陳腐!お約束!


「いいえ
…いいえ。」


「そう?君は彼との終わってしまった関係を抱き締め続けているんじゃないの?」

それは半ば腐りかけているのに、と今度は彼に笑われた。

「それでは私はただの馬鹿な女ではないですか」


「違うの?」

「そうですよ」


私はいつまでも過去の恋愛に小指を噛み続ける、未練がましい年増女だ。



「まだ彼が好きなの?」

「さぁ…?」

わからない。


もうわからなくなるほど昔の事だ。

ただ幸せだった気がして。
それだけ。










「もうとっくに腐ってしまっているのですよ、貴方の言うように」


















貴方の骸を抱いているのです。

或ひはそれは桜のやうに。




泣きはしない。

なきはしない。










後記
私の好きなかんじを詰め込みすぎたらワケがわからなくなりました。
蘭兄さんと桜ちゃんは大人の純愛してるイメージがありまして…

ほのぼのというか…
夫婦(めおと)って感じ!

アルはそれに対して子供らしい疑問とか「ばかだなぁ…」とか思っていると良いと思うよ!

桜ちゃんは、思い出を他人に絶対に触れさせたくないからあえて話す的な。
触れさせないから失礼な質問も笑って流せる、そんな感じ。


大人だからできないことってあると思うんです。



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