「緑間、それ寄越せ」

「これですか?」

「ああ。えっと、後は…」

緑間生活、四日目。
案外人間の順応性というのは侮れないもので、早くもこいつのいる生活に慣れてしまった自分がいた。少なくとも、食糧が切れたからと一緒に近くのスーパーへ買い物に出るくらいには。
緑間は俺の部屋に転がり込んだままであるが、大学にはちゃんと通っている。高尾と同じ大学だけど大丈夫なのかと聞けば、学部が違えばキャンパスも違うので待ち合わせさえしなければ顔を会わせることはありませんとひどく淡々とした声で返された。ならまあ、いいのか。
にんじん、玉ねぎ、コーンの缶詰め、ぽいぽいと次々に買い物カゴへ放りこまれていく。今日の夕飯はカレーにしようと思う。久々に食べたくなった。休日なので比較的混んでいるレジに並び、さっさと会計を済ませ帰路につく、つもりだった。

「宮地さん、少し寄っていってもいいですか」

「あ?」

「明日のラッキーアイテムに相応しいものがあったので」

「……早くしろよ」

スーパーのすぐ近くのファンシーショップの前で緑間は足を止め、ショーウィンドウを指差した。緑間の占いへの盲信っぷりは高校時代となんら変わらないらしい。現に今日だって、あいつのポケットには小さなカメのマスコットが詰め込まれている。ラッキーアイテムが絡むと緑間は頑として譲らないことを知っているから、無理矢理連れ帰ろうとして余計な時間を食うよりはと片手で追い払うように送り出した。
ここらへんは色々な店が密集していて、たとえばさっきのスーパーやこの店以外にも大手チェーンの飲み屋や小さなゲームセンター、ケーキ屋などがのぼりを上げている。夕日に沈む時間帯と休日とが相まって、人混みのあちこちから絶えず喧騒が聞こえていた。
緑間を待つ間、することもないのでファンシーショップの壁に背をもたれてぼんやりと人の波を眺める。あれ、こうやって見ると彼女と待ち合わせしてる奴みたいに見えるんじゃねえの?生憎待っているのは彼女じゃなくてクソ生意気な後輩だけれど。
……、俺も何考えてるんだか。

(ったく、本当はこれも高尾の役目だろうが)

緑間の隣に立って、時にはこうして振り回されて。俺の記憶のなかで自然と並ぶ二人は、そう遠くない昔の話のように思える。
四日間でわかったことは、予想よりずっと少ない。緑間が口を割らないのなら無理にこじ開ける権利なんて俺にはないのだから。
踏み越えるべきなのか、引き返すべきなのか。たぶんそこで、あいつはすごく迷っている。占いしかりスリーポイントしかり、あいつの好意が絡んだ執着心とやらは人並み以上だから、高尾に関してどうしたらいいかわからないのだろう。けれど占いやバスケと人間は違う。それは緑間が一番よく知っている。
たく、巻き込まれた俺はどうすりゃいいんだか。突き放すこともできないし、かといって事情も詳しくは知らない今から高尾をどうこうするなんて無理だ。
ああそうだ、真相はどうであれそもそも高尾が疑わしいことをしなければよかったのだ。おかげで俺は後輩と同居という奇妙な生活を強いられている。そうだ、全部あいつが悪い。高尾のせいで、

「……みや、じ、さん?」

え。人の波の狭間から、名前を呼ばれた気がした。咄嗟に顔を上げると、真っ先に目に飛び込んできたのは見開かれた明るいオレンジの瞳。短く切り揃えられ後ろに流された黒髪は、瞳の色とともに俺の記憶のなかに住むあいつに重なる。

「っ、お前、……高尾、か?」

「あー、久しぶり、っすね」

お互いに歯切れ悪く口を開いて、高尾は気まずそうに指で頬を掻いた。






海水と淡水魚

(望まない邂逅)



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