窓から朝日が射し込むのを感じて目をさますと、自分が見慣れないところにいることに気付いた。今まで体を預けていたクリーム色のソファーは俺の部屋にあるものとは違っていて、ああそうか、俺は今日からここにお世話になるのだ。
もともとこの家は先輩が一人で暮らすために借りたものだったから、当然ベッドもひとつだけで、なんだかんだで優しい先輩が泣きそうになった俺に寝床を譲ろうとしてくれたのを断りここで寝たのだと思い出す。さすがにそこまで迷惑をかけるわけにはいかない。自分のしていることの身勝手さも理解している。
けれどとてももとの家には戻る気にはならなかった。宮地さんの前ではこれは高尾のためなのだと自分にも言い聞かせたが、本当は、俺は真実を突き付けられることを恐れているのだろう。
時計を見ると六時を少しまわったところで、積み重ねてきた習慣はこんなところでも変わらないのかと苦笑する。窓から見える外は昨日の大雨が嘘のように明るい光で満ちていた。窓硝子の端に映る木の葉も、朝露が光を反射してきらきらと輝いている。
少し前までなら、今ごろ俺はなかなかベッドから出てこない高尾を引っ張り出して、はやく朝食にするのだよなどと言っていたのだろう。けれど高尾はここにはいなくて、胸のあたりがちくりと痛んだ。

「……食事に、するか」

ぽつりと呟いたところで、返事など返ってくるはずもない。リビンクの奥の寝室からは、宮地さんの規則正しい寝息がただ聞こえてきた。
数日前の夜、ふと何か食べたくなって買い物に出た俺は、高尾が見知らぬ女と歩いているのに出くわした。人違いかとも思ったが、俺があいつを見間違えるわけがない。
その日、高尾はバイトで遅くなるとだけ言って家を出ていったことを覚えている。なんで、と、ただそれしか頭に浮かばなかった。
そして昨日、いや、一昨日になるだろうか。あいつは帰ってこなかった。朝起きても自分以外の気配のない部屋に裏切られたような気がして、気付けば雨のなか着の身着のままで飛び出していた。
よくよく考えれば、高尾は近頃俺を避けていたように思える。なんだ、今更男と付き合うことに嫌悪感でも覚えたのだろうか。

「ふざけるな……」

もうあいつのことを考えるのはよそう。悲しくなるどころか、ふつふつと怒りまで沸いてきてどうしようもない。
リビンクに向き合ったかたちで置かれたキッチンに足を踏み入れる。何か食べ物を、と冷蔵庫の中を覗くと、独り暮らしの男性にしては珍しく生野菜や生肉、玉子などの食材が転がっていた。真面目な宮地さんのことだから、自炊もお手のものなのだろう。
……ふむ、これはお世話になる恩返しができるチャンスかもしれない。手元にあった玉子を二つ掴みとる。
ガスコンロにフライパンを乗せかちりとスイッチを押した。宮地さんは、目玉焼きは好きだろうか。
高尾のことを考えるのを止めると、とたんに胸が楽になった。こんこんと叩きつければすぐに割れる玉子の殻のように、この思いもあっさり断ち切れればいいものを。






ガラスの海





生憎俺は料理が苦手だ。二つのうちのひとつは掌でぐちゃりと見るも無惨な姿となって、指先に絡み付く滑り気が酷く不快だった。



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