その日は陰鬱な雲ばかりが目についた。梅雨だから仕方ないと理解はしているものの、やはり不快なのは変わりがなくて、早くこの雨から逃れようと大学からの帰路を急いだ。
幸い今日はバイトもなく、家に帰ったらのんびり録り溜めていたお気に入りのアイドルの番組を見よう。ここ最近は就活も本格化して忙しくなっていたから、この安息はありがたい。ゆっくり疲れを癒せそうだ、そう思っていた、のに。

「……宮地さん、お久し振りです」

どうしてお前がここにいる。俺は思わず頭を抱えたくなった。
年季の入ったアパートの二階に俺の住居はあるのだが、そこへ続く所々ひびのはいったコンクリートの階段に、いるはずのない人物が座り込んでいる。それも、とびきり懐かしいやつ。
疲労が過ぎて幻覚をみているのかとも思った。しかし、厚いレンズの奥からこちらを見る印象的な緑の瞳と、俺の名を呼ぶ耳に馴染んだ低音は、忘れられる筈もない二つ年下の後輩のもので。

「緑間、なんでお前がここにいんだよ」

思えば、緑間の姿を見るのは随分と久しい。メールでのやり取りは定期的にしていたが、近頃は俺がどたばたしていたこともあってご無沙汰していた。にもかかわらず、なぜお前がここにいる。こいつの住むアパートとここは気軽に行き来するような距離ではない。事前に連絡があったわけでもないし、さっぱりわからないのだが。
よく見ると、緑間の座った所には小さな水溜まりができていた。緑の髪はぽたぽたと水滴を垂らし、身に纏った白いワイシャツはぐっしょりと肌に張り付いている。
今日は一日中雨が降っていたから、浴びたのだろう。面食らった頭でなぜか冷静に考えたが、くしゅん、と耳に入ってきたくしゃみに、はっと我に返る。

「どうしたんだよ急に」

「……とりあえず、寒いので入れてくれませんか」

「いきなりそれかよ!」

緑間と意思の疎通が難しいのは高校時代に嫌と言うほど学んだつもりだ。けれど人の家に突然押し掛けた挙げ句、質問にも答えずになんだその生意気な態度は。轢きたくなるんだけど。いいの?俺もう免許とってるしやれるよ?
しかし緑間の様子がどこかおかしい。生意気なのは変わりないが、声にいまいち張りがない気がする。そもそも、人事を尽くすだとか言って健康にも抜かりないこいつが、くしゃみをするまで雨に打たれるというのも異常事態ではないのか。

「お願いします。他に、行く場所がないんです」

「は?」

緑間はひどく弱々しく切り出した。その態度に、記憶のなかの緑間と目の前の男が重ならない。
生憎俺は明日も学校があるし、こいつに付き合っている暇はない。頭では理解しているのに、俯きながら話す後輩を、どういうわけか気にせずにはいられなかった。珍しく殊勝な緑間は、深刻そうな事情があるようだ。

「……何があったかしらねえけどよ、風邪ひかれたら厄介だからな。入れてやるよ」

雨に濡れた知り合いをこのまま放っておくのは人道的にどうなんだ。もしここにずっと座られていたら、明日からの俺のご近所での立場が危ういかもしれない。
だからこいつを部屋に入れるのは、決して心配しているからではない。ありがとうございます、なんて柄でもない感謝の言葉を浮かべる後輩が借家の床を腐らせないように、カバンの中から適当なタオルを投げておいた。





雨降りの午後




さて、事情を聞かせてもらおうか。



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