「むかーしむかーしあるところに」

「ちょっぶはっ!話って昔話かよ!」

「寝かしつけるときはこれだと母が言っていたのだよ」

「それ子供限定だから!」

なかなか高尾が眠ってくれないので、寝かせてやろうと思ったのだが。こんな時間まで起きていては、明日に支障が出るに決まっている。明日、というより今日か。いくら日曜とはいえ、予定だってあるのだし。
まだ幼いころ母に吹き込まれたことは、どうやら効果を示さなかったらしい。むしろ高尾は笑い転げて、余計に元気になったように見える。

「はー…、真ちゃんまじおもしれー」

「……心外なのだよ」

いったいどうしたらこいつは寝付いてくれるのだろうか。子守唄を歌う?いや、昔話でこれでは逆効果になる可能性も否定できない。
ならどうするか。このままでは夜が明けてしまう。いっそ寝ない、は駄目だ。これでも一応、俺だって久々に高尾と出掛けることを口には出さないものの楽しみにしているというのに。
俺も丸くなったのかもしれない。以前なら、こんな感情を自覚して認めることなどなかった。
ああそうだ、あれなら。あれこれぼんやりと思索すなかで、高尾が以前言っていたことを思い出す。

「高尾」

「ん、なに?」

「おやすみ」

「へっ…!?」

唇に柔らかい温もりが伝わる。してやったりと目を開くと、驚きに見開かれた橙の瞳と視線がかち合った。
高尾は何かいいたげに口をぱくぱくさせているが、無視して顔を背け瞼を閉じる。これで高尾も大人しくなったことだし、じきに眠りにつくだろう。
真ちゃんがおやすみのちゅーしてくれたら寝る、だなんて馬鹿げたことを以前こいつが言っていたのを思い出したのだ。その時はふざけるなと一蹴したが、お望み通りにしてやった。
背中を指先で控え目につつかれるが、気にしないことにする。自分の言ったことには責任を持つのだよ、高尾。



 


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