※観察日記のテンションでお送りします



湖底を思わせる深緑は、せめぎあう群衆から頭ひとつ飛び出して嫌でも強く存在を主張していた。まずいですね、心の中で一人呟いて踵を返す。けれどやはりと言うべきか、あの人の隣にはやはり彼がいたわけで。ぽんと肩になにかが触れて、同時に僕の心を踏みにじるような心底明るい声を浴びせかけられる。

「黒子じゃん!珍しいなこんなとこで」

「……高尾君と緑間君、そちらこそ珍しいですね」

デパートの人混みのなかで僕を見つけられるのは君くらいですよ。まったく、厄介な目だ。できることなら関わりたくなかったというのに。
心のなかで悪態をつくが、あくまで当たり障りのない語調で取り繕う。これだけだとまるで僕が彼ら、緑間君と高尾君を嫌っているようだが、そうではない。同じスポーツで競いあうという点では仲間みたいなものであるし、性格も全く合わないわけではないと思う。
では何が問題なのかと問われれば、色々あるがまず一つ目。……君たち、どうして手を繋いでいるんですか?

「あれ、お前一人?」

「はい。どうしても欲しい本があって、少し遠出してしまいました。……ところで君たちはなぜ手を、」

「あっこれ?へへ、実はデート中なのだよー!」

そんなこと聞かなくてもわかる。人の言葉を遮ってまで見せつけたいのかこの男は。そして緑間君、君も顔を赤らめながら真似をするなとごにょごにょ口を動かすんじゃありません。ほら、高尾君が調子に乗って、まるで一瞬で彼の頭から僕という存在が消えたかのように往来で緑間君に抱きついた。
……だから嫌だったのだ、このバカップルに関わるのは。見せつけられる方の身にもなってほしい。仲がいいのは構わないけれど、そのいちゃつき全開モードで来られると嫌でも精神力だとかが色々と試される。リア充爆発しろ、というのは彼らのために作られた言葉なのではないだろうか。
それに二人とも自覚はあるかは別として所謂イケメン(緑間君に関しては、美人と形容した方が正しいかもしれない)なので、周囲の視線が嫌でも彼らのほうに向くのだ。あらカッコいいわね、なにあれホモ?、あっあいつってキセキの世代の緑間じゃねえの、ホモだったのかよ等々、群衆からあからさまに彼らを評した声が次々に飛び出してくる。
正直帰りたい。ただでさえ厄介な二人が、今日は久々のデートなのか明らかに浮かれている。とりあえず高尾君、そのニヤケ面なんとかなりませんか。

「高尾、喉が渇いたのだよ」

「了解。あっちのベンチ行こうぜ」

緑間君が口を開くなり、高尾君がさっと彼の手を引き自販機に隣接した休憩スペースを指差した。お昼前だからかあまり混みあっている様子は見られず、たしかにあそこならこのバカップル(しかも男二人)を格納するのに丁度いいかもしれない。周りに迷惑をかけないという点で。
そしてこれはチャンスだ。この隙に僕もおいとまさせて頂こう、

「黒子も来いよ。せっかく会ったんだし、何か奢るぜ?」

「え」

あっれー。思わずらしくない声が出かけて慌てて抑え込み首を傾げる。高尾君、本気で言っているのだろうか。せっかくのデートですよ?二人きりでなくていいんですか?

「高尾、黒子が迷惑しているのだよ。こいつにも用事というものが」

「いえ、奢ってくれるなら僕はありがたいのですが、いいんですか?高尾君」

ちら、と密かに高尾君の顔を見ると、橙の瞳を瞬かせたそれはそれはばっちり決まったウインクを見せつけられた。男のウインク、心底いらない。別に女の子にウインクしてほしいなんて黄瀬君の先輩みたいな願望もないけれど。
ああそうか、そういうことか。わかった。知りたくなかったですけどね。
ふと緑間君に視線を向けると、僕が見てわかる程度に焦りを表に出していた。眼鏡のフレームを左手で押し上げて、何かを伝える言葉を必死に探しているようだ。

「あっれー真ちゃん、どしたの?」

高尾君はその様子をにやにやと至極満足そうに眺めている。この男は僕を利用して緑間君が慌てる様を楽しんでいるのだ。慌てる、というか嫉妬に近いだろうか。
つまり緑間君の内心を代弁するとしたなら、せっかくのデートなのだから高尾と二人きりがいいのだよといったところだろう。ここまで直接的に考えているかはわからないが。そして彼はそれを素直に口に出せないのだ。はいはいツンデレ。

「もしかして黒子に嫉妬したりしたのー?安心して、俺には真ちゃんだけだから!」

「っ…!煩いのだよ!行くぞ黒子!」

「うわっ」

「ちょっ、真ちゃん置いてかないで!」

図星を突かれた緑間君は悔しいのか乱暴に吐き捨てると僕の腕を掴み歩き出した。それを慌てて高尾君が追う。早足になりながら見上げた緑の隙間からのぞく形の良い耳は、茹で蛸のように赤く染まっていた。まあ、こういう態度を毎度見せられるのなら、彼を可愛いと言う高尾君の気持ちも百歩譲って理解できなくもないですけどね。
しかし気がかりなことに、通り過ぎる人の波からあらやだホモのもつれよ、あの小さい子もホモの仲間なのかしらとひそひそ噂する声が聞こえてくる。断じて違う。もう本当に、僕を巻き込まないでほしい。それに僕は小さくないです。この二人、特に緑間君が規格外なだけです。だから僕は小さくありません、決して小さくなんかありません。とても大切なことだ。
それにしてもなんだかんだでこの二人に誰も文句を言わないのはなぜだろうか。なぜさも当然のように受け入れられている。イケメンだからなのか。解せぬ。
結局三人で一つのベンチを占領し、高尾君に貰った乳酸飲料のキャップを捻る。実際喉は渇いていたので、冷たいそれはかなり嬉しい。ちなみに高尾君はスポーツドリンクで、緑間君は安定のお汁粉だ。というかよくこの季節にありましたね。例のつめた〜いだろうか。僕には冷たいお汁粉とぜんざいの違いがわからない。

「悪い、ちょっとトイレ」

「ふん、勝手に行くといいのだよ」

「真ちゃんもう機嫌直してよ!あ、ごめん黒子、真ちゃんがナンパされないように見張ってて!こんな超美人が無防備に座ってたら変な気の一つや二つ起こすかもしんないからさ」

「……はあ」

先程のことを根に持っているのか随分と素っ気ない態度の緑間君をよそに、高尾君は立ち上がるとまたもやおかしなことを言い残し背を向けた。緑間君がナンパされるかもと危惧されるような顔立ちをしていることは認める。けれど心配しなくても、どんなに美形だろうと今の今までこれだけの人前でいちゃついていた片割れに声をかける勇者などいないだろう。
恋は盲目、とはよく言うが、盲目的にも程がある。十人中十人が「いい奴だよ」と答えるような傍目に見ても社交的で明るい彼は、緑間君のことになると途端に色々と失うようだ。

「……緑間君、一体高尾君に何したんですか」

もとからあまり話していなかったが、二人きりになったことでさらに静かになった空気を破るように口を開く。虚を突かれ顔を強ばらせる緑間君は、まさか僕がこんな質問をするとは予測していなかったのだろう。僕だってこんな二人になる機会がなければわざわざ聞こうだなんて思わなかった。けれど少しだけ気になっていたのだ。
他人の色恋に首を突っ込む趣味はないが、元チームメイトがまさか男を落とすなんて思ってもみなかったから。さらにいかにも恋愛とは無縁そうな彼があっさりほだされるとは。

「何もしていないのだよ。物騒な言い方をするな」

「じゃあ質問を変えます。高尾君のどこに惚れたんですか?」

「っ!?」

はい、そこで顔を赤らめない。生娘ですか君は。というか本格的に女子会みたいなノリだ。もしかしたら僕も彼らの醸し出す雰囲気にあてられてきたのかもしれない。
羞恥を感じながらも僕の質問に答えようとしているのか、緑間君は俯いて呻くような声でぽつぽつと呟く。律儀なものだ。そんなに照れることなら受け流してもらっても構わないというのに。

「……高尾は俺に優しいし、ああ見えて努力家で頼りになる奴なのだよ。俺が上手く伝えられないことも、なぜかあいつは汲み取ってくれる」

「へえ」

「あ、あと高尾は、その、……キスが上手」

「わかりました緑間君、もういいです」

誰もそこまで聞いてない。てか君絶対にファーストキスは高尾君っていうあれでしょう。比べる対象がないでしょう。
……ああ、結局は彼もべた惚れなのだ。気づいてないんですかね、それ完全にのろけですよ緑間君。

「それを本人に言ってあげればいいのに」

「できるわけないだろう!」

「相変わらず素直じゃないですね」

「……煩いのだよ」

まあ一応かつての仲間なわけなのだし、緑間君がこうして幸せそうにやっているなら僕もなんだかんだで僅かな嬉しさを感じてしまうのだけれど。
とりあえず、駆け足で帰ってきた高尾君と無自覚な嬉しさを垂れ流しながらそちらを見つめる緑間君の二人が近いうちに爆発することを祈っておこう。僕を巻き込んだからには、きちんと責任を取って下さいよ。このバカップル!




とある影薄少年の証言




(一生二人でやっててください!)






▼佐倉さんへ、お待たせしました!遅くなってすみません。観察日記が好き、と言っていただいたので、テンションが観察日記並に高くなりました…。黒子君を巻き込む真ちゃん、というリクエストでしたが、結局高緑が二人して巻き込んでます。すみませんでした趣味全開です。書いていて本当に楽しかったです。また黒子君視点の話を書きたいなーと思いつつ、このへんで。
素敵なリクエストありがとうございました!それと、普段から何かと声をかけていただきありがとうございます…!佐倉さん大好きです。尊敬してます。こんなところですみませんが、これからもよろしくお願いします…!




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