恋愛ものの漫画とかでさ、「俺色に染めてやる」って気障ったらしい台詞あんじゃん。それを実行できるやつが世の中にはいるらしい。
そう、真ちゃんはまさにそれだ。いや比喩とかじゃなくて。ほんとに真ちゃん色に染めてんの。
それに気づいたのは夏休み前に雑貨屋へ行ったときだ。真ちゃんは可愛らしい手のひらサイズのうさぎの縫いぐるみを手に取った。
それは相当真ちゃんの好みだったらしい。あまりに幸せそうに眺めているもんだから、俺も脇から覗き込んだ。たしかにそれはくりくりとしたプラスチックの目玉がなんとも愛らしい、妹ちゃんに買っていったら俺の株がうなぎ登りしそうなうさぎさんだった。
しかし、である。そこで俺は気づいてしまった。
真ちゃんの指先が触れているところの色がおかしい。正確に言えば、白い毛並みのそこだけがどういうわけか緑色に染まっていた。

「あれ真ちゃん、手に絵の具でもついてんの?」

「む…?」

真ちゃんもそれに気づいたらしく、掌を裏返し見つめる。けれどそこは何のへんてつもない男子にしては白い肌。
二人して目を合わせ不思議がったけれど、そのときはどういうことかわからずにまあなんかついてたんだろと無理矢理納得した。件のうさぎは今真ちゃんの部屋の棚に座っている。




けれどもそれ以来、真ちゃんの触れたものが緑色に染まるといった事件がたびたび起きた。例えば、バスケットボール。真ちゃんが投げたボールにはぐるぐると緑のラインが浮かび出す。おかげで秀徳バスケ部のボールはもうほとんどどこかしらが緑色をしていた。ま、緑色っつってもマーカーのような薄くて明るいそれで、むしろなんとなく綺麗だったからこのころには事態を理解していた皆は諦めてくれたけど。
他にも弁当箱だったりとか古典の教科書だったりとか。大部分はあいつのラッキーアイテムなのだが、ともかく真ちゃんの回りはどんどん緑色に染まっていった。極めつけはリヤカーだ。ある日、いつものように真ちゃんがリヤカーに座った途端にそれは起こった。じわりと染み込むように、木の板でできた車体にライトグリーンが浮かび上がる。かと思えば、それは音もなくリヤカー全体に広がって、お花畑のように綺麗な連なる細かな円形のラインを描いていった。

「……えーと、ずいぶんファンシーだな」

「……なんなのだよこれは……!」

真っ暗な夜道のため真ちゃんの表情はよくわからなかった。
まあそんなこんなでリヤカーは見事にデコリヤカーに進化したわけでして。以前よりも道行く人々の目を引くようになった。良いか悪いかは別として。




原因は本人にもわからない。ただひとつだけ俺が気づけたことがある。
恐らくこれはマーキングのようなものだ。真ちゃんのナワバリ、すなわち気に入ったモノをあいつ色に染めてやんの。だってほら、例えば古典の教科書は緑色なのに家庭科の教科書は元の真っ白なままだ。どの教科も俺からしたら化け物みたいに得意な真ちゃんは、それでも好き嫌いはあるらしく古典が好きで家庭科が苦手いだ。家庭科についてはやっぱりなだけれど。
真ちゃんもこの意見には賛成のようで、納得の素振りを見せていた。そういうことなら実害はないし放っておけばじきに治るだろう、ともう自分の体質に向き合った真ちゃんは案外ずぼらな部分もあるのかもしれない。
でもねえ真ちゃん、気づいてんのかね。「好き」なモノにマーキングしちゃうんです、ってことでお前の手は触れたものを緑間色に染めちゃうわけだ。てことはお前が意図せずデコっちゃったリヤカーも、つまりはそういうことなんだろ。
素直じゃねえなあ、真ちゃんらしい、かわいい。そう思ったらにやにやが止まらなかった。ついでに偶然すれ違った宮地さんにキモいって言われた。いいもん和成のハートは強いからへこたれないもん。……自分で言ってて気持ち悪かったから二度と言わないことにしよう。
でも実際、俺のハートは強いと思うよ。だって片想いの奴の隣で親友(と俺は思っている。一方通行だったら泣ける)をやっているのだから。




結局真ちゃんの体質は学校側に説明して部内だけの秘密に留めることにした。好奇の目に晒されるのは嫌だという真ちゃんの主張と、何より俺もそんなのは嫌だったから。あ、リヤカー乗ってる時点で無理だろって突っ込みはなしな。あれは俺らのアイデンテティだ、譲れないのだよ。
ともかく、とりあえずクラスメイトにばれそうになったときは真ちゃん最近油絵に凝ってんだよと俺が誤魔化すことになった。大抵は皆「緑間だしな」とバスケ部が油絵というミスマッチな奇行も納得してくれた。さすが真ちゃん、いや馬鹿にしてるんじゃねえよ?

「よかったな」

「よくないのだよ。こんな気味の悪い体質」

気味悪い、ねえ。そっか、本人からしてみたら不気味なもんか。
じゃあそれを少しでも綺麗と思ってしまった俺は不謹慎かね。真ちゃん色に染まる世界に心が踊るのは。




ところがである。
最近真ちゃんがよそよそしい、気がする。あれ、これって俺避けられてね?
リヤカーとかはいつも通り、けれど態度があからさまにおかしかった。うん、やっぱ避けられてるわ。
まずは部活中。全く近寄ってこない。むしろ俺が近づくとものすごくわかりやすく慌てて近くの先輩やらに話しかけていた。え、真ちゃんってコミュ障じゃなかったの。ぎこちなくてもとりとめのないことを俺以外に話す姿に違和感、それと胸がちくりと痛んだ。
そしてこれは教室でも放課後でも同じ。今までは用事もなくふらっと寄れた緑間家も、気付けば「寄ってっていい?」の一言も伝える前にあいつは玄関をくぐっていた。

(なんなんだよ畜生!)

おかげで軽くなった荷台を引きずる俺の顔は膨れっ面がデフォルトになった。そりゃあさ、あいつを乗せて漕いでる最中に言うってのも有りだけど。あんなにはね除けるような雰囲気全開で来られたら、俺にはなすすべもないのですよ。
二人きりで楽しいはずの下校は、ひどく遠いものになってしまったような気がした。




そのまま俺と緑間の仲は膠着状態、すなわち微妙な居心地の悪い距離を保ったままいつのまにか夏合宿の時期がやってきた。じりじりと暑苦しい日差しのなかでもあいつは涼しい顔のまま。ついでに俺への態度もおかしなまま。
一年は大部屋で寝るはずだったのだが、レギュラーはメニューが違うために俺と真ちゃんだけは三年生の先輩数人と同室になった。会話はする。けれどあいつは必要以上に近寄ることを嫌がる。布団を並べ、食卓を共にしているにもかかわらず。

「おい高尾、緑間となんかあったのかよ」

「……どうなんすかねぇ」

ぶっちゃけ俺、泣きそう。てか今絶対涙声だった。尋ねてきた宮地さんがすごく微妙な愛想笑いをしている。何かあったとしか思えない俺の態度に聞いちゃまずかったかって顔してる。
……もしかして、本当に何かあったんだろうか。何が悲しくてこんなことになってる。だとしたら一体どれだ。ちょっと前に人前でふざけて抱きついたこと?それとも家に来たときにエロ本見られたこと?そのエロ本のタイトルがツンデレ眼鏡っ娘だったこと?あ、まさか、俺の気持ちがバレたとか?
だとしたら、避けられるのも当たり前かなあ。当たり前だろうな。まだ決まったわけじゃないけど。




いっそ嫌いと言ってくれたらどんなによかっただろう。微妙な距離は、どうしようもない苛立ちとひどく淡い期待を抱かせてしまうからいけない。
まだ俺の気持ちがどうなったのかはわからない。けれど、いずれは遅かれ早かれバレていただろうし。このままの状態が続くよりは、いっそスッパリと切り捨ててくれた方がいい。




風呂上がりに真ちゃんと二人で部屋へ戻る。こういう移動程度なら一緒にいてくれるらしかった。三年生の先輩方は監督に呼ばれて広間に集まって今ここにはいない。ということは、必然的に部屋は俺たちの貸切状態。
かなり昔からある旅館のためか少しの板間以外はほぼ全部屋畳張りで、がたつく襖を開けるとだだっ広い床に朝出たときのまま畳まれた布団が放置されていた。当然、人の気配はない。隣で真ちゃんがびくりと肩を震わすのがわかる。わかりやすく狼狽えているようだ。

「なあ真ちゃん」

「……なんだ」

自分のスペースに布団を広げながら、平然とした風を装って声をかける。シーツを広げて、枕を置いたらこれでよし。ぼすんと身体を薄っぺらい煎餅布団に投げ出して息を整える。

「真ちゃん、変なこと聞いていい?」

自分の声がいつもより低く感じられた。真ちゃんも俺の様子がいつもと違うと勘づいたのか、躊躇うようにああと小さく返事をすると布団の上に脚を崩したままこちらを向いた。

「真ちゃん最近俺のこと避けてるよね」

「っ……」

「図星だろ。で、真ちゃんは俺のこと嫌いになったの?」

「……そういうわけではないのだよ」

「どこが」

深緑の瞳が不意に逸らされる。その瞬間に胸の奥がちくりと痛んで、そのままナイフのようにぐさぐさと抉りだしてぐらりと目が眩んだ。
やっぱくるわ、そりゃそうだよな。相棒としてそばにいられたら、とかそんな甘えたことを頭の片隅で考えていたけれど。感情を押さえ込んでいたダムのようなものが決壊して、ぐちゃぐちゃに煮詰められたなにかが止めどなく溢れ出すような感覚。そうだ、全てはきっとこの感情のせい。いっそ洗い流してしまえればどんなにいいことか。

「緑間、なんで目え逸らすんだよ」

「逸らしてなど、」

「嘘。そんなに俺が嫌?なあおい、」

「高尾、」

「俺はお前がっ!」

耐えられない。咄嗟に起き上がり手を伸ばすと、視界の端に今にも泣き出しそうな口元が映った。
なんでお前がそんな顔するんだよ。

「なあ真ちゃん、」

「っ」

ゆっくりと、観念したように真ちゃんは俺を見上げた。そして伸ばされた腕が、ぐ、と力を込めて俺の手を握る。

「え、」

「……だから嫌だったのだよ」

目を逸らした真ちゃんがぽつりと吐き出すみたく呟いた。途端に掴まれた右腕に熱い電流が走る。

「っおい、これって、」

鈍い痛みに瞼を下ろしそうになる。けれどどうにか踏ん張って、目を見開いて「それ」を見た。
右腕を蛇のようにライトグリーンのラインが這いまわる。ところどころで波打ち、円を描き、ときたま光が弾けるように薄まって消えて。それは音もなく、けれど確かな熱を孕んで、俺の腕を染め上げた。

「真ちゃん、これってさ、」

血液が一気に顔に集中する。これは、え、つまり。
どうしよ、死んじゃいそう。






▼お待たせしました!103さんへ捧げます。
シュールな話……シュール……すみません、これくらいが限界でした。シュール……なのでしょうか……?(震え声)
お気に召さなければ103さんに限りいつでも書き直し受け付けますー!素敵なリクエストありがとうございました!




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