※高三



「それじゃあ、いつからでもいいからね」

掌に小さな鍵が二つ、ころんと転がった。





緑のタータンチェックのリボン、金属製のキーホルダー。あとは明日のあいつのラッキーアイテム、手のひらサイズのテディベアをかごに放り込んで完璧だ。
ありがとうございましたあ、間延びした店員の声を聞き流し、レジ袋を手提げ鞄に押し込める。それなりにでかい男が一人であんな店、と先程までの自分を思い苦笑いがこみ上げてきたが、脳裏に浮かんだあいつにはかなわないと一人で勝手に頷いた。
あいつは俺よりでかいけれど、しょっちゅうこういう店に来ては店員の度肝を抜いてるし。だから俺くらい平気だろ、うん。
大方彼女へのプレゼントだとか思われただろうな。あながち間違ってはいないけど。ただひとつ、そういう彼女にかわいいくまさんをプレゼントするような奴等と違うのは、明日の蟹座のラッキーアイテムが仮に扇風機だったとしたら俺は迷わずそちらを買っていたということだ。たとえこんな真冬であっても。



久々に、といっても二週間ぶりくらいなのだが、訪れた真ちゃんの部屋はやはり整然としていた。ラッキーアイテムがあちこちに飾られている以外は。それでもあの膨大な量をここまで納めているのもなかなかできないことだろう。やっぱ緑間すげーわ。

「何をきょろきょろしているのだよ」

せわしなく部屋を見回していた俺を咎めるように、頭上から低い声が降ってきた。てかきょろきょろってかわいいなおい!真ちゃんが言うと得体の知れない破壊力があるから不思議だ。

「真ちゃんおかえりー」

「ここは俺の部屋なのだよ」

「細かいことは気にしちゃ駄目なのだよ」

「真似をするな」

真ちゃんの部屋はかなり広い。もともと家が文句なしにどでかいのだが、比例するように高校生の部屋の一般的なサイズではなくなっていた。まあただでさえでかい図体の高校生が二人も座れば、自ずと狭くはなくとも普通くらいに錯覚するけれど。
その広い部屋の真ん中に置かれたローテーブルに、からんと音を立てながらグラスが二つ置かれた。

「何で麦茶に氷入ってんの!?」

「暖房が効いていて暑いからな」

「それお前だけだっての!俺今まで外歩いてたかんね?まだ寒いっつの」

「出されたものに文句を言うな」

「そりゃま、そうなんだけどさあ」

どうせならあったかいお茶が飲みたかったなあ、と項垂れつつも、実際喉はかなり渇いていたのでグラスに手をのばし中身を啜る。喉に染みるような冷たさに舌が痺れた。
ああ、でもまあよかったかも。頭がはっきり晴れていくような感じがして、お陰で随分と冷静になった、気がする。
床に放っておいた手提げをそっと引き寄せた。

「……なあ真ちゃん、ちょっと今から大事な話があるんだけど」

「何だ、勉強か?」

「ちげーって!そんなんじゃなくて、真面目な話」

あっさり推薦で大学決まってるお前とは違って、たしかに俺は勉強もしなきゃいけないけど!恋人が真剣な顔で大事な話ってきて真っ先に勉強のことを勘繰るとは、もしかして俺ってば相当馬鹿にされているのだろうか。
左手に手提げを抱え、右手で真ちゃんの左手を取る。部活はもう引退していたが、名残惜しいのかアイデンテティなのか、そこには相変わらず真っ白なテーピングがぴっちり巻かれている。

「なんなのだよ」

「ちょい待って。今心の準備中」

「おい、くだらない遊びなら願い下げ、」

「遊びじゃねえよ。すげー大事な話。……よっし、じゃ、真面目に聞いてね真ちゃん」

綺麗に整えられたままの、白く長い指先に口づける。最高に強いそこから、勇気がもらえたような気がした。
真ちゃんにちらりと目をやると、驚いたように瞼をぱちくりさせて頬を薄く染めていた。つられてなのかなんなのか、俺の心臓も自然と煩いくらいに脈打つ。
大丈夫、俺的には十分人事を尽くしたのだから。自分に言い聞かせて、さあ、一世一代の大勝負だ。

「緑間、」

「……何だ」

「俺さ、やっぱお前のことすげー好きなんだわ」

「高尾、」

「黙って聞いてね真ちゃん。だからさ、考えたんだよ。高校卒業して、どうしようかなって」

ばくばく煩い鼓動を無視して、上擦った声にならないように一語一語丁寧に話す。いつもの悪ふざけは今はなしだ。向かい合って座る真ちゃんに、そっと視線を合わせる。

「離れんのかな、って考えたらさ、死にたくなるくらい嫌だった。だから緑間、」

「たか、」

「俺と結婚、はまあ無理だけど、卒業したらさ、一緒に暮らさねえ?」

やっと言えた。つまりは、プロポーズだ。ほんの数秒間喋っていただけなのに、まるで砂漠で遭難でもしてしまったかのように喉はからからになってしまった。どんだけ緊張してんの俺。こんなのこいつに告った以来だ。
しん、とだだっ広い部屋の静寂が耳に痛い。真ちゃんは目を見開いて、ただじいっと俺を見ていた。

「……俺が、お前と?」

「ああ、そうだよ。お前、大学行ってから住むとこまだ決まってないって言ってたろ、だから、」

俺とずっと一緒にいてよ、真ちゃん。なんて、我ながら女々しいかね。
まだ頭がついていかないのかぽかんとした真ちゃんに近づき、膝立ちになって肩を掴む。

「……真ちゃん、だめ?」

「お前は、それでいいのか」

するりと滑らかな手つきで、真ちゃんの掌が俺の頬に触れる。深緑の瞳がきらきらと、僅かな不安を孕み此方を見据える。

「その、俺なんかと暮らして、そもそもお前はまだ大学も決まっていないだろう」

「いいに決まってんじゃん!大学だってどうせ真ちゃんと同じとこ受けるんだし、滑り止めもアパートからそんなに離れてないとこだから」

「高尾……」

俺も負けじと真ちゃんの長い睫毛に縁取られた瞳を見返してやる。いいに決まってんだろ、緑間。それより早くお前の答えを聞かせてくれよ。そろそろ緊張やら羞恥やらで心臓がやばい。

「真ちゃん、」

「……高尾が、」

「ん?」

「いや、……俺も。お前とずっと一緒にいられたら、きっとすごく嬉しいのだよ」

そう言ってふわりと、それはそれは優しく微笑んだ。くそ、反則だろこれ。こんな表情できたのかよお前、聞いてねえよ。
ああもう、調子が狂う。ほんとはもっとかっこよく、それこそ巷で噂のハイスペックな俺を全面に押し出すつもりだったのに!
いつのまにか俺の視界は歪み、もたれ掛かるように真ちゃんを抱き締めていた。

「それは、オーケーってことでいいんだよな」

「当然だ。うちの親も、お前とならすぐに頷いてくれると思うのだよ」

「っちくしょー……なあ真ちゃん、俺今嬉しすぎてやべえんだけど」

「……泣くほどのことか」

「そりゃ泣くよ。てかそんだけ俺が真ちゃんのこと大好きだってことなの!」

嬉しさとしあわせと安心と、ぜんぶ束になって押し寄せてきて、俺の顔面は恐らくかつてないほど残念な有り様になっているに違いない。かっこわりい、けど仕方ない。
真ちゃんはぽんぽんと俺の背をさすってくれている。このまま勢いで真ちゃん押し倒したいな、と邪な劣情が頭をよぎるがまだ駄目だ。もうひと頑張りですよ、和成くん。

「あ、そだ真ちゃん」

「何だ」

「これ、あげる」

自然と俺と真ちゃんの間にはさまるように押し付けられていた手提げの中をあさり、かわいらしい熊を取り出した。首に緑のタータンチェックのリボンを巻き付けた可愛らしいそれは、こいつの明日のラッキーアイテムのテディベア。

「真ちゃんの明日のラッキーアイテムなのだよ」

「ああ、……ありがたい、が、なぜ今これなのだよ?」

「首のとこ、よく見て」

本当は、この縫いぐるみにリボンなんてついてなかった。肌触りのいい生地でできた薄茶の飾り気のないものだった。だから選んだ。俺たちの幸せが霞んでしまわないように。だってほら、その方が見つけやすいだろ?

「……これは、」

「そ。何だと思う?」

「鍵に決まっているのだよ」

「正解。正確には、俺たちの部屋の鍵な!」

リボンにくくりつけられて熊の胸元で揺れるのは、俺が借りてきたアパートの鍵だ。
にいっとくしゃくしゃな顔で笑う。雰囲気なんてあったもんじゃないけれど、それでも真ちゃんは照れたように俯いて腕のなかの熊を抱き締めた。

「ほんとは指輪とかあればかっこいいんだろうけどさ。生憎そんな金なんてないし、何よりちゃちいの買うよりこっちのが真ちゃん喜ぶっしょ?」

なんてったってラッキーアイテムだもんな。お前に幸せを運ぶ役目を一身に背負ったくまさんよ。

「……指輪なんかなくたって。この鍵だけで、十分なだよ」

こくんと頷いた真ちゃんは、そのままぷいっと顔を逸らした。
てか今最大限のデレを戴いた気がする。なんなんだよ畜生。心臓がいい加減持たない。どんだけ俺を振り回せば気が済むんだ、この女王様!

「その、……ありがとう」

「へっ?」

「お前と出会えて、良かったと思う」

そう言ってまたお前はふわりと笑うから。それはこっちの台詞だっての。






エンゲージ・ベアー






「んじゃ、真ちゃんのご両親に挨拶にいかないとね。息子さんを俺に下さいって」

「普通に行くのだよ!ただルームシェアをするとだけ伝えればいい」

「えー?俺ちょっと憧れてたんだよね、『娘はお前なんぞにやらん!』って親父さんに殴られるやつ」

「娘じゃないのだよ!」






▼カナリアさんへ、お待たせしました!「高尾が真ちゃんにプロポーズする話」でした。プロポーズ……?
プロポーズというよりただの同棲始まり話ですね。「縫いぐるみ」っていうキーワードをいただいたので、かわいい話(当社比)にしようと頑張りました…!
愛だけはたくさん込めましたので、受け取っていただけたら嬉しいです。カナリアさんのみいつでも書き直し受け付けます。
それでは、素敵なリクエストありがとうございました!




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