※大坪さん視点/高尾と宮地さんがだいぶ残念





きっかけは俺の足元に舞い降りた一枚の写真だった。

「……ん?何だこれは」

「あーーっ!!やべっ、大坪さんパスっす!」

「なんだ高尾の私物か……って、…………みどり、ま?」

いやに慌てる高尾をよそに、拾い上げた写真を裏返す。家族の写真か何かか、と軽い気持ちでだ。しかしそこに写っていたのは、とてもよく見覚えのある人物で。
……正直、見なければ良かった。心の底からそう思う。

「……高尾、一応聞くが、何だこれは」

「ごめんね真ちゃん床に落としちゃうなんて!俺最低!」

「話を聞け!」

俺の手から写真を目を疑うほどの速度で奪い去ると、そのまま地面に蹲り写真を抱き締める高尾を思わず怒鳴り付ける。ざわついていた練習後の部室が一気に静まりかえった。懺悔を続ける高尾を除き。
あれ、高尾ってこんなやつだっただろうか。もっと見かけのわりに冷静な奴だった気がする。部員全員の視線を集めても「真ちゃんはあはあ……」とぶつぶつ呟き続ける後輩に、彼の今までのイメージが音を立てて崩れ去った気がした。
いやまて、よく考えたらもとからこんな奴だったのかもしれない。緑間厨の異名を持つくらいだから、これくらい日常茶飯事なのだろうか。俺が今まで知らなかっただけで。
というか何だ今の手際の良さは。試合で発揮してくれれば、誰にも防げないカットになるだろう。

「高尾がディフェンスをすれば……」

「おい大坪、現実逃避はヤメロ」

「はっ……すまん、全部口に出ていたのか」

「ああ。つーか高尾、テメェなんつーもん持ってんだ!」

精神的に危ない状態になりつつあった俺を救ったのは、ぽんと俺の肩に手を置いた宮地だった。さすが約三年間連れ添った仲間、いざという時に頼りになる。
宮地は茫然と立ち尽くしてしまった俺の代わりに、地に伏した高尾のところまで行くと容赦なく蹴飛ばした。普段なら暴力はいかんとたしなめているところだが、今回ばかりは容認しよう。

「いだっ!ちょ、宮地さん何するんすか!」

「テメェが何してんだ!その写真よこせ!燃やす!」

「あぁっ!俺の真ちゃんがあぁっ!」

宮地がこれまた素早く高尾の手から緑間の写真を奪い取る。高尾は必死の抵抗を見せたが、ここは二年の差。宮地には敵わなかったらしく、伸ばした腕は空しく宙を切った。

「うぅっ…真ちゃん…」

「たかが写真で…って、……おい高尾」

「なんすか…うぅ…」

「……これ、と、盗撮、だよな」

項垂れる高尾を尻目に呆れ顔の宮地が取り上げた写真を眺める。しかし次の瞬間、宮地の顔はぼっと音がしそうな程真っ赤に染め上がった。何があった。

「ちょっ宮地さん、そんなに真ちゃんのすべすべお肌を見ないで下さいよ!」

「たっ、たっ高尾!てめっ、いつの間にこんなのっ!」

「着替え中にぱしゃっと」

「高尾っ……!」

途端に宮地があたふたと慌て出す。片手で目元を覆い、けれどやはり気になるのかちらちらと指の隙間から緑間の写真(半裸)を覗き見ていた。え、何その反応。
……どうやら彼もまた、俺の預かり知らないところで取り返しのつかないところに行ってしまっていたらしい。男の、しかも後輩の裸を見てここまで赤面するとは。だから合宿の時頑なに緑間と入浴時間をずらしていたのか。
アイドルが大好きで、つまりはかわいい女の子が好きな奴だった。そんな宮地までもを虜にしてしまうとは。緑間は案外恐ろしいようだ。

「隙ありっ!」

「うわっ」

「よっし!もう離さないからね真ちゃんはあはあはあ」

慌てふためく宮地から写真を流れる手つきで奪い返すと、高尾は今度は写真に頬擦りをし始めた。キャプテンとしてかわいい後輩にこんなことは言いたくないのだが、正直気持ち悪い。
隣を見ると、同じく茫然とした木村が変わり果てた姿の後輩を口元をひきつらせながら眺めていた。
ああそうだ、渦中の人である緑間は。今日は居残りをしないと言って俺たちと一緒に部室まで来たので、この部屋にいるはずだが。
ぐるりと部室を見渡すと、部室の隅のロッカーの影に大きな体躯を縮こまらせ、絶望的な表情で冷や汗を浮かべながら相棒(だったもの)を眺め震える緑間を見つけた。

「……緑間、なんだ、その、……大変、だな」

「っキャプテン……!た、高尾はどうしてしまったのだよ……!?」

「……何も見るな。見てはいけない」

そばまで駆け寄り縮こまった頭を軽く撫でてやると、うっすらと涙を浮かべた緑の瞳がこちらに救いを求めるように向けられた。
まあ当然の反応だろう。ついさっきまで自分の隣で笑っていた友人があんな姿になっていたら誰だって泣きたくなる。むしろ涙をこぼさないあたりがさすが緑間と言うべきか。

「ってか宮地さん!真ちゃんの裸見て真っ赤になるとかもしかして真ちゃんのこと好きなんすか?」

「ばっっ!だっ誰があんなクソ生意気な下睫毛野郎!」

一方高尾たちはと言うと、まだ部屋のど真ん中で攻防戦を繰り広げていた。というか話がだんだんおかしな方向へと逸れている気がする。

「動揺してムキになるとこが怪しいっすねぇ」

「なっ……!高尾いい加減にっ」

もうやめろ二人とも、緑間がまた不自然にがたがたと震えだした。信頼していた親友兼相棒となんだかんだで尊敬していた先輩の変貌に、動揺よりも恐怖が勝っているようだ。変貌というか今まで隠していた本性を暴露したといったところか。悪い夢なら早く覚めるのだよとぶつぶつ呟いている。

「ふーん…宮地さんって見かけのわりにヘタレなんすね。ま、そっちの方が俺としては有り難いっすけど」

「っどういう意味だ」

「だってその方が俺が真ちゃんと結婚するときのライバル減るじゃないっすか」

「けっけけ結婚!?」

そこで赤くなるな宮地。緑間がツンデレだの素直じゃないだの言われているのは周知の事実だが、お前も大概だ。それに男同士だってことに気づいてくれ。
ちなみに高尾のことはもう諦めた。いい後輩だったよ、あいつは。

「おい二人とも、いい加減に……」

「みっ、緑間!」

これ以上収拾がつかなくなると緑間の精神的にも退校時間的にもまずいので、とりあえず危ない道に足を踏み入れてしまった二人をたしなめようと重い口を開く。高尾に関しては足を踏み入れたどころではなさそうだが。
しかし全く俺の声が耳に入らなかったのか、遮るように宮地が突如こちらを向きながら大声を出した。

「……なん、ですか?」

びくうっと大きく身体を震わせつつも、宮地の気迫に気圧されたのか緑間がおずおずと顔を上げた。すると宮地は大股でこちらまで近づいてきて、怯える緑間の肩をがしっと掴むと深く息を吸い込んだ。

「お前がっ、け、結婚するなら、俺と高尾どっちがいい」

「……は?」

緑間が膜の張った瞳をぱちくりと瞬かせ、真意がわからないといったふうに宮地を見る。ところが宮地の目はあまりにも真剣で、緑間は何か言いたそうにしたが混乱のあまりなにも言えず、代わりに俺の腕を掴みこちらを見てきた。
後輩に頼られる、というのは悪いものではない。けどな緑間、悪いが俺にもわからない。とりあえず宮地、お前は自分と緑間の性別をもう一度よく考えてみるべきだと思う。

「言っとくけど俺がお前と結婚してえとかそんなんじゃねえんだからな!ただお前だって高尾みたいな変態と結婚したくねえだろうから、いざというときは仕方なく貰ってやろうってだけだ!」

ここまで一気に捲し立てると、宮地は耳まで赤くしてそっぽを向いた。緑間に至ってはもう色々な衝撃のせいで俺の背後に完全に隠れてしまっている。
しかし、ここまで言って奴が黙っている筈がない。ちょっとまったー!と叫ぶ声がしたかと思うと、高尾がものすごい形相で大股で宮地めがけて歩いてきた。

「真ちゃんと結婚すんのは俺に決まってるんすよ!」

「はあ!?誰が決めたんだんなこと」

まずい。お互いにお互いの胸ぐらを掴み合い、今にも殴り合いを始めそうである。

「真ちゃん!真ちゃんは俺の方が大好きだよねだって相棒だもん!」

「緑間っ、お前たしか年上が好みだって言ってたよな!」

二人が同時にこちらを向き、俺越しに緑間に詰め寄る。宮地、緑間が好きだと言ったのは年上の「女性」だ。思い出せ。
緑間はもはやこの世の終わりのような顔で、ただひたすらに素数を数えていた。今回ばかりは心の底からお前に同情する。

「ちょっと待てお前ら、緑間が可哀想だろう」

高尾も宮地も確実に正気を失っている。ヒートアップするにも程があるだろう。
だめだ、このままでは緑間の貞操すら危ない。主に高尾のせいで。こうなったら多少強引でも、うちのエースを守るために実力行使に出るか。
許せお前たち、と心のなかで唱えて拳に力を込める。ところがいざ振り上げようとしたその時、迫り来る二人の背後から鈍い音がした。

「そうだねえ。退校時間を過ぎてまでこんなことをしているのは関心せんな」

どさり、高尾と宮地が同時に床に崩れ落ちる。何があったのか一瞬分からないでいた俺と緑間の頭に優しく置かれた掌は、選手のようにごつごつしておらず暖かかった。

「か、監督……!」

「んー、少し手荒だったかねえ」

蛍光灯の光を浴びて輝く監督がとても神々しく見えた。俺の背後から顔を覗かせた緑間は、監督の姿と地に伏した二人を見ると同時に監督の手を取り珍しく素直に感謝の言葉を述べていた。

「監督、本当にありがとうございました」

「緑間はうちの大事なエースだからね。これくらいどうってことないさ」

拳で涙を拭いながら頭を下げる緑間に、部室全体がざわめきを取り戻し始める。監督ってすごい。そうだ、これがあるべき信頼だ。部員全員が心の中でそう感じていることだろう。良かったな緑間。
ただし監督の言った通り、退校時間を過ぎてしまったのは紛れもない事実である。キャプテンが感慨にふけって遅くなったのでは話にならない。
俺は急いで荷物を纏めながら、明日この二人をどうしてやろうかということだけを考えていた。




(とりあえず、外周五十周だな)






蒼音さんお待たせしました!緑間争奪戦でした。見事にギャグ路線にだらだらぐだぐだ長くなってしまい申し訳ありません。よく考えたら会話文じゃないギャグを書くの初めてでした。暖かい目で見て下されば幸いです。
それでは、素敵なリクエストありがとうございました!




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