好きだよ、真ちゃん、大好き。あ、もちろん恋愛的な意味で。
なんて、どうやって伝えてやろうと一人悩むは授業中。おかげでノートをとるのがやっとで中身はろくに頭に入っちゃいない。どこで役目を間違えたのか、飾り物のような耳は全く教師の声なんて捉えない。代わりに俺の後ろから聞こえてくる微かなシャーペンの擦れる音を拾おうと必死である。

(後ろ見てえなあ)

そうすれば、きっと真剣な顔で黒板を見つめる翡翠と目を合わせることができる。それはじろりと俺を睨むのだろうけれど、そうなったら尚更頬が弛んでしまうに違いない。
でも我慢。もし見つかって怒られたりしたらかっこ悪いし、真ちゃんまで共犯扱いされたら今日一日口を聞いてくれないのは目に見えているから。自制心をフル活用して、全く頭に入らない黒板をまた写し始めた。



ただ煩いと思っていたそのよく動く口を嫌いと言えなくなったのはいつからだろう。此方に向けられる橙の弛んだ、それでいて時折鋭い視線をこそばゆく思うようになったのは。
昼休み、俺の机に二人ぶんの弁当箱。最近は無駄なことを考えてしまう。

(なんで、つい目がいってしまうのは)

もごもごと咀嚼するその口だとか。なぜなのだろう、振り払おうとしてもこのもやがかかったような感情はいなくなってくれなくて。
これを何と呼ぶのだったか。しらばっくれているだけできっと気づいている。ただ認めてしまうのが恐かった。自分が自分でなくなってしまうような、漠然とした不安が払えない。

「真ちゃん、食わねえの?」

また胸がずくんと疼いた。なんなのだよ、おのれのことだと言うのに理解不能だ。
動揺を隠すように弁当へ箸を伸ばす。卵焼きの甘さが変に心地よかった。



綺麗だなあ、何もかも。いっそこのまま抱きつきてえ。
そんな邪な感情が生まれたのは基礎練の終わった中休み。体育館の端の方、床に座りこんでちらりと横を盗み見た。
その距離およそ五十センチ。体育座りの真ちゃんの喉にしたたる汗がやけに扇情的で、スポドリを飲む喉が余計な音を上げた。

「高尾、この後の練習だが」

凛々しい声が耳元に響いて、聴覚を犯す。咄嗟になあにと返したけれど、上擦ってはいなかっただろうか。
ああくそ、全くもって俺らしくない。表面上を取り繕うのが得意だというのは幸いした。けれど内面はもうどうしようもなくて、絶対に引き返せないところまで来てる。
なんでこんなに好きになっちゃったんだろうなんて、考えてももう遅い。こいつの言葉を借りるなら、運命なのだよとか、そういう。



気がついたらこの目は背中を見つめるようになっていた。頬を徐々に冷たくなってきた風が撫でて、一日の終わりを意識する、そんないつもの帰り道。
時折なにか話しかけてきては自転車を漕ぐ足を緩める高尾に、早くしないと家に帰れないのだよと呟いた。意識はまだ囚われたまま。だめだ。
頭のなかがいっぱいになる。レンズの向こうの世界がひどく小さくなる。

(まったく、なぜお前ばかりなのだ)

お前の背中越しに映る空は、どうしてこんなに狭いんだろう。



そんな毎日。ぐるぐるぐるぐる繰り返して、進展も後退もしない。けれどあの気持ちだけはとめどなく降り積もる。捨てなければと思うほど、抑えがきかなくなってくる。



どんなに感情を圧し殺しても、またすぐそれは息を吹き返す。脳の回路の異常信号、間違っている。なんていくら言い聞かせても、締め付けるようないたみは胸をわし掴みにしたように鈍く蠢いて。それでいて、心地よくて手放せない。



ああどうしよう、困った事態だ。そういえば今部室に二人きりだね。ふざけて抱きつくのはいつものこと、冗談めかして隠す本心も、いつものこと。
でもどうしようかね、いっそ告げてしまおうか。いや駄目だろだって今の状態が心地よいのだ。でも、けれどね、耐えられるのかな。
たぶん無理だろうなあ。俺にはそんな根性ないかもしれない。どうせ押し潰されるくらいなら。

「ねえ真ちゃん」

あ、口が滑った。



「ねえ真ちゃん」

不意にふざけた名前で呼ばれて心臓が跳ねた。ここにいるのも、こんなあだ名で自分を呼ぶのもあいつだけ。そのことを不快と思えなくなった時点で俺はおかしくなっていたのかもしれない。
そうして、なんでもないような顔をしてジャージを脱ぐ高尾が、ゆっくりと此方を振り向いた。

「好きだよ」



あーあ、言っちゃった。どうしよっかねこれから。まあ全部はお前次第なんだけど、お前はどんな反応をしてくれんの、緑間。



言われてしまった。顔に身体中の血液が集中してくるような目眩に襲われる。こうなったら認めるしかないだろう、馬鹿。



積もり積もった星屑は


(君のもとへと溢れだす)



▼くるるさんへ捧げます!大変遅くなり申し訳ありませんでした…!
両片想い大好きなのであまり告白メインにならなかった雰囲気ですが、受け取っていただけたら嬉しいです。この度は企画参加ありがとうございました!暖かいコメントもすごく嬉しかったです!




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