まるで檻の中に閉じ込められた獣のようだ、と誰にも気づかれないよう小さく自嘲した。檻の隙間に手を伸ばし、無意識にあいつが転がす餌に必死で喰らいつく。隙あらば、あいつにも喰らいついてやろうと思考を巡らせながら。
好きだ、と告げたらお前のその綺麗な顔はどんなふうに歪むんだろう。そんなことばかり、考えている。

「高尾」

ベッドに首をもたれてぱらぱら雑誌を捲っていた真ちゃんが、ふとその手を止めて俺の名を呼んだ。その様をぼうっと眺めていた俺はびくりと背筋を跳ねさせて、あからさまな動揺に不審に思ったのか彼は不可解そうに首を傾げた。
部活を終えた夏休みの午後と真ちゃん、イン俺の部屋。することもないというのを建前に寄っていけと誘いをかけて、こいつを家に招くのももう何回目か忘れた。両手で数えられるよりは多い、たぶん。

「ん、なに?」

「なぜそんなに離れているのだよ」

ちなみに真ちゃんが俺のベッドに背を預ける傍ら、俺は部屋のドア付近に胡座をかいている。なぜって、ねえ。そりゃあお前がそんなに無防備に座っているからですよ。
なんてことは勿論言えない。けれど適当に笑って誤魔化すこともできそうになく、手招きされたのでとりあえず従うことにした。
窓から差し込む夏の日差しは、いやに燦々と輝いていてその上暑い。蝉の大合唱はエアコンを効かせた部屋に大きく響き渡っている。そんな夏真っ盛り!これぞ青春!みたいな空気とは裏腹に、俺の頭はその機能を全部失ってしまったみたいにひどく惚けた状態だ。原因はわかりきっている。緑間、俺の前に涼しい顔で座っているお前だよ。お前はたぶんそんなこと夢にも思っていないだろうけど。

「どしたの真ちゃん」

「これを見ろ」

……顔、近い。隣に腰を下ろした俺の膝上に雑誌が広げられて、それを覗きこむように真ちゃんの緑が視界の端で揺れた。
つくづく自分は感情を抑えるのが上手いと思う。指差されたのはとある有名なバスケ選手のようで、これは俺が床に転がしていたバスケ雑誌らしい。けれど誌面を彩る写真の上に落とされた俺の視線は、それでも記事の中身なんてちっとも見てはいなかった。
きっちりとテーピングされたしなやかで白く長い指。ごくりとおのれの喉が生唾を飲み込むのがわかる。咄嗟に生まれた邪な感情は、いくら瞬きをしてもそう簡単には消えてくれない。

「高尾、聞いているのか?」

「ん、ああ、ごめん」

低い声で呼び掛けられて、慌てて生返事をひとつ。全く聞いていなかったわけではないけれど、真ちゃんの目にはそう映ってしまったようだ。一方的に話してしまったことがおもしろくないのか、隣からかちゃりと眼鏡を押し上げる音がした。

「全く、お前は…」

「わりいって!てか割と聞いてたかんね!」

取り繕うと、はぁと溜め息をつかれた。そう言われてもしかたねえじゃんよ。好きで話を聞かなかったわけじゃない。
魅了されている、というのが今の俺を表すのに一番相応しい言葉かもしれない。最近はいつもこうだ。気がつけば、どこであってもいつであっても視線の先にこの緑を捉えている。それも綺麗な意味じゃない。たとえば、いつかこいつの真っ白な首筋に噛みついてやりたいとか、そんなことをぼんやりと考えながら。

「ねえ真ちゃん」

唇からするりと、呼吸をするように短い言葉が零れ出す。まずい、続きを全然考えていない。それでもそうするのが自然のように、俺の喉は彼の名を吐き出すのだ。
ふと真ちゃんの翡翠と目が合った。呼んだから此方を見るのは当たり前なのだけれど、それだけで俺の心臓はいっそ面白いくらいに脈打つ。

「つーかまえた!」

「っ!?」

動揺を誤魔化すように、がばりと大袈裟に真ちゃんの肩に腕を回してみせた。途端に深緑の髪が鼻先を掠め、鼻腔を淡いシャンプーの香りが充たす。だめじゃんこれ、逆効果じゃねえか!
鼓動が余計に速くなった気がして、正直気が気じゃない。俺が最も恐れることは、こいつにこの醜い感情が伝わることなのだから。そんなことになったら、たぶんこいつの隣にいることすらできなくなってしまう。

「……高尾ぉ、」

「へへっ、ひっかかったな真ちゃん!こうして隙を窺っていたのだよー」

言い訳ばかりが巧い口は、わざと明るい声を絞り出す。どくどくと煩い鼓動と、ばれたらどうしようと怯える頭と、けれど伝わるこいつの熱で歓喜に震える頭のべつの部分がごちゃこちゃで、もうどうしたらいいかわからない。
のしかかった体重は軽いなんてとても言えるものではなくて、案の定真ちゃんはじろりと此方を睨む。しかしそれに軽口で返すと、どういうわけか真ちゃんはなにか合点がいったように顔を上げた。

「寒いのか?」

「へ?」

「俺も少しエアコンが効きすぎていると思ったのだよ」

こてん。真ちゃんの頭が、柔く俺の首筋をくすぐる。そんなに寒いなら早くエアコンを切ればいいものを、と呆れたように言う彼は、それでも俺を引き剥がすことはしなかった。
むしろこれはあれか、お前が風邪をひいたら困るのだよというツンデレなのか。顔に一気に熱が集まる。ごめん真ちゃん、どちらかというと、熱い、です。お前のせいで。

「……ん、そう。真ちゃん暖めて」

ぎゅう、と肩に回した腕に力を込める。いっぱいいっぱいの意識の隅で、エアコンの電源ボタンの電子音を聞いた。
ああもう、だからこうやって餌をまくな、この天然。調子にのってしまうから、いつか喰われても知らねえぞ。






けだもののはなし


(ほんとは今すぐ喰らいつきたい!)




▼秋さんに捧げます!おまたせしました。
書き終えて気づいたのですが、これ高→緑よりも高→←緑寄りですね。このいっぱいいっぱいの高尾くんもいつかは報われるはずです…!頑張れ高尾…!
それと、リクエストの時に添えられていた、私の書く高緑が大好きという言葉がすごくすごく嬉しかったです。これからも一緒に高緑を愛でていきましょう!ね!
それでは、素敵なリクエストありがとうございました!秋さんのみ書き直し受け付けております。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -