この扉を開けたのがそもそもの間違いだったのだ。後悔先に立たずとはよく言ったもので、まさに俺の今の状況を表すのに相応しいだろう。とにかく、扉の向こうは見てはいけない。コンマ一秒の直感で悟った。

いつもの部室、けれどいつもより少しだけ遅くなった下校時刻。部室にタオルを忘れてしまい、まだ鍵当番の一年がいたら取ってこようと考えて一度辿り着いた玄関から引き返したからだ。部室に着くと幸い鍵はまだかかっておらず、難無くタオルはゲットできそうだ。そういうわけで、俺は至極軽い思いで扉を開けた。
そしてすぐに閉めた。ばたんと大きな音を立てて。見なかったことに、したかった。……したかったよ、ド畜生。
扉の向こうでは、後輩と後輩による恋愛の一抹が繰り広げられていたのです、まる。要は高尾が緑間を押し倒して服を剥ぎ取ろうとしていたのだ。なんともわかりやすい。これからナニがおっぱじまるかなんてすぐ理解できる。

「ちょっ!まっ、嘘、宮地さんっ!?」

「シリマセン」

「宮地さあん!!誤解!誤解だから!開けて話を聞いてください!!」

「何が誤解だ轢かれてえのかお前ら」

どんどんどん。年期の入った目の前の扉が人為的に揺れる。ドアノブががちゃがちゃ小刻みに荒々しく震えさながらホラー映画のようだ。ナニコレコワーイ。
つか轢きたい。轢いていいよね?そしてこの扉の向こうで呆然としているだろう後輩どもを無かったことにしたい。

「ったく、お前ら部室を何だと思ってんだ!」

「のわっ!」

仕方ない、どう足掻いたところで見てしまった現実はかわらない。なら今悩むべきはどうやって現実逃避するかではなく、どうやってこいつらを轢くかだ。
勢いをつけて扉を押すと、油断していたのか高尾が情けない声を上げて体勢を崩した。いい気味だ。

「つーか緑間、お前までなにやって、」

そういえば、と緑間を見る。さっきから抵抗するのは高尾ばかりで、当事者の片割れであるはずの緑間からは何の音沙汰もない。どうしたのだろうと思ったが、瞬時に理解した。

「あ、せんぱ、その、……っ」

「っておい逃げるな!あー、……なんかわりぃ、な?」

すでに半数ほどボタンを外されたシャツの隙間から覗く白い胸板を隠すことも忘れ(まあ男だし隠す必要もないが、状況的に大問題だ)、緑間は呆けた様子でベンチに座りこんだままになっていた。俺が声をかけたことでようやく状況が飲み込めたのか、その顔はみるみる耳まで赤く染まる。終いには羞恥のあまり口をぱくぱくさせながら立ち上がると、乱暴に荷物を掴み部屋を出ていこうとした。このままでは目尻に涙まで浮かばせそうな勢いだ。
なんだかかわいそうになり思わず詫びてしまったが、ここで逃がすわけにはいかないと慌てて肩を掴む。そうだ、どんなに羞恥に耐えきれないとはいえそもそも自分たちがまいた種なのだ。同情の余地などない。うん、ない。

「うはあ…顔真っ赤な真ちゃんまじかわい…」

「よーし高尾覚悟はいいな?」

轢く。こいつぜってー轢く。むしろ俺が引いたわ!緑間の方はまだ当然だがさっきの状況は俺に見られてはいけないものだとわかっているらしい。しかし高尾、お前はどういうことだ。誤解と主張できる要素皆無なんだけど。なあ、とりあえず俺の脇でその恍惚とした表情すんの止めてくんない?
怒気を最大限に含んだ声音でついでに高尾の肩も掴むが、それでも高尾は悪びれた様子をみせない。それどころかごめんなさいつい本音がでちゃった和成うっかり!と茶化したふうに拳で額をこつんとするから余計に腹が立った。
ねえわかってる?お前ら、ここは、部室、ですよ?確かに皆が帰ったあとは明るくもなくて人通りも皆無な場所だけれども。少なくともお前らがナニする場所じゃねえよ。

「ちょっ痛っ!宮地さん、ギブ、ギブだからっ!」

「あ?俺はマゾだからもっとやってほしいって?」

「違いますっ!えっ、違うから!まじギブっすよ!」

そしてそれを目撃してしまった俺の身にもなれってんだ。怒りがふつふつとこみ上げてきて両腕に力を込める。相変わらず現実逃避真っ只中の緑間には効果がなかったようだが。
はあ、と深くため息をつく。一応俺はこいつらの関係を知っているし批判するつもりもないが、何が悲しくて一日の終わりに男同士のいちゃこらを見せつけられなければいけないんだ。まあ異性間のいちゃこらを見せつけられてもそれはそれで心に深い傷を負うのだけれど。

「つーかよ、お前ら、目撃したのが俺じゃなかったらどうするつもりだったんだよ」

万が一、の話だが。もしも俺以外、こいつらの事情を知らない部員が忘れ物でも取りに来たら。たぶん無事じゃすまねえよな。翌日には学校中の噂だろう。今回は未遂だったが、もしそれが真っ最中だったら尚更。ま、一番可哀想なのは見ちゃったほうだけれど。
その可能性を口にすると、今までへらへらとしていた高尾もふと真面目な顔になり口をつぐんだ。やっと反省する気になったか。あ、別にこいつらの心配をして忠告したわけじゃねえぞ。見ちゃった可哀想な部員を生み出さないために、だ。

「……わかりました、宮地さん」

高尾が静かに口を開く。俺を見上げるオレンジの鋭い瞳は真剣そのものだ。
へえ、高尾ってこんな真面目な表情できたのか。思わず的外れな感想が脳裏をよぎった。まあわかったっていうなら、こんかいのことは大サービスで水に流してや、

「次からはちゃんと鍵かけてやります!」

「そういうことじゃねえよ!!」

……こいつを一瞬でも見直した俺が馬鹿だった。鍵かけようがかけまいが部室でやるな。せめて自分の家でやれ!!それくらいの我慢も出来ねえのかこの野郎!
なんだか俺が泣きたくなってきた。こうなったらいっそきっちりお灸を据えてやる。とりあえずお前ら二人、そこに正座な?





合法的な人の轢き方


(というかなんで最初から鍵かけてなかったんだよ!)






▼野乃裏さんに捧げます!おまたせしてすみません。
苦労人宮地さん奮闘記、みたいなものを書きたいと思ってました。高緑と絡むと宮地さんは苦労人になるイメージがどうしてもあります…!ちなみにこの高尾さんは他人にばれたらやばいとは思うけれど実際見られてもあまり動じないというか、むしろそれもスリルっしょ?みたいなかんじで楽しんでます…。高尾ェ…。
それでは、素敵なリクエストありがとうございました!お気に召さなかったなら野乃裏さんのみいつでも書き直しうけつけております。




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