捧げ物 | ナノ




※高尾が変態



「真ちゃんの指って綺麗だよな」

テーピングされていない方の、剥き出しの指に高尾の指先が触れた。そのまま指の腹が表面を緩やかに滑り、するりと指同士が絡められる。

「いきなりどうしたのだよ」

腰かけたベッドの上から、床に直接座りこんだ高尾を見下ろす。このベッドは高尾のものなのだから、お前もそんなところに座らずに隣にくればいいものを、と思っていたのだが、どうやらこれが目的だったようだ。
重なった後もちりちりと擽るように動く指がこそばゆい。こんな男の指など、撫でてもたいして気持ちよくはないだろうに。
にもかかわらず、高尾はどこかうっとりとした表情で自身の触れたところに視線を集中させている。物好きとはこういう奴のことを指すのだろうか。

「なあ真ちゃん、舐めてもいい?」

「っ!?」

ぞわりと全身の毛が逆立つような感覚が走った。指先には、湿った生暖かい感触。つまりは、高尾の舌だ。
答える前に舐めているじゃないか馬鹿め、ああちがう言いたいのはそんなことではない。舐める、と言うのはもちろん物理的な意味でだ。なおのことわけがわからない。
絡み合っていた指はいつの間にかほどけ、気づけば俺の右手は高尾の両手でがっちりと捕らえられていた。感じるのは、皮膚の上を舌がただ往復する感覚。

「お前はなにをしているのだよ!」

「いでっ!?」

捕まれていた腕を乱暴に振り上げて、高尾の口から引き剥がす。その拍子に爪が高尾の唇を軽く掠めたが、自業自得だ。血は出ていないしあえと痛いと言うほどのものでもないだろう。

「あーあ、せっかく楽しかったのに」

「……俺を舐めてもおいしくはないのだよ」

ぺろりと口端を舐める男の真意がわからない。俺だって人間だ。普通、人の肌に舌を這わせても無味もしくは薄い塩味がする程度だろう。
もっとも、俺には乳児期を終えてから人を舐めた経験などないが。

「おいしくはないよ。味しないし。ああ、でも別の意味でおいしいかも」

「どういうことだ」

「ほら、真ちゃんのその赤い顔とかさあ、そそるんだけど」

言われて気づき空いた腕でばっと顔を覆うが、もはや手遅れだったらしい。にやにやと斜め下から覗いてくる顔を、思わず蹴り飛ばしてやりたくなった。
仕方がないだろう、あんなにもしつこく舐められれば、嫌でも変な気分になる。ぞくぞくとした感覚は止まらない上に、何より羞恥心が尋常でない。自然と身体中を血液が巡り、あちこちが熱を持つのだ。
あれで平常心を保てる奴などいるものか。

「ねえ真ちゃん、俺のも舐めてよ」

「んっ…!?」

いきなり唇に濡れた何かが押しあてられ、くぐもった声が漏れた。濡れた何か、なんて見なくてもわかる、目の前でゆっくりと立ち上がり、にやついた笑みを浮かべる男の指だ。湿っているのは、俺の手を支えるときに自身の唾液が絡み付いたためだろう。
みしりとベッドの軋む音がする。高尾はベッドの淵に膝をかけて、俺の方へ身を乗り出してきた。指は執拗に口の割れ目をなぞり、無理矢理開かせようとしているらしい。

「……悪趣味なのだよ」

解放された手で高尾の手首を掴み静止する。薄く開けた唇の表面を軽く爪が掠った。

「えー、いいじゃんかよ」

まったくもって理解できない。こんなことをして何が楽しいんだ、その弛んだ顔を今すぐどうにかしろ。
仮にも恋人なのだから、高尾に触れられるのは、まあ嫌いではない、と思う。しかし、こればかりは些か度が過ぎている。スキンシップだとか、そういう域を越えているだろう。
俺が簡単には手を離さないのがわかったのか、ただ単にもどかしかったのか、高尾の腕から力が抜けた。諦めたか、と俺も腕を下ろす。
しかし、これが甘かった。次の瞬間には俺の肩に高尾の手が掛かり、ぐ、と力が込められる。不意を突かれた俺の体は、背中から柔らかなベッドに沈む。
やられた。全くの不覚である。高尾はにやにや下卑た笑いを止めることなく、しめたと言わんばかりに俺の腹にのし掛かってきた。ぎしぎしスプリングが軋む音が、耳障りで仕方がない。

「なにをする」

「なあ、真ちゃん」

いくら俺の方が体格がよくて普段から鍛えているとはいえ、鍛えているのはこいつも同じであって、全体重をかけられれば流石に体制を保つなどできない。腹にかかる決して軽くはない重みが、俺の体の自由を奪う。組み敷く、とはまさしくこの体制のことを指すのだろう。
おまけに唇にはご丁寧にも再び高尾の爪が押し付けられてきた。柔く掠める肌に、口開けろよ、などと耳元で囁かれては、気が気ではないのだ。
蹴り倒してやろうにも、膝から下はベッドの外側でのし掛かるこいつに効果を示すとは思えない。
高尾には人を舐める嗜好でもあるのだろうか。ちろ、と耳朶に舌が這うのを感じた。それだけで心臓はばくばく煩いし、頭は馬鹿みたいに熱を孕む。普段は俺に従順なだけ、こうして良いようにされるのは面白くないというのに。

「高尾、いいかげんにっ…」

「隙ありっ!」

やられた。痺れを切らし口を開いてしまったのと同時に、ぬるりと濡れた指が口内に滑り込んできた。

「うぁっ…!た、かお、だすのだよ!」

「やっりぃ!残念ながらそうはいかないのだよ真ちゃん!」

ぐり、と舌に指が触れる。そのままぐちぐち音をたてながら、指は口腔のあちこちを侵す。唾液が掻き回されて、飲み込もうにも喉が下がらない。
いったいなんの仕打ちなのだよこれは。あまりの羞恥にショートしそうな頭を必死で整理する。こんな醜態を晒すなど、穴があったら入りたい、ついでに埋めてなかったことにしてもらいたかった。
高尾はやたらとテンションが高いし、気づけば息遣いというか鼻息までもが荒い。これはもしかして、所謂変態というやつではないのだろうか。

「はあ……真ちゃんその顔まじ可愛いわ……」

お前は変態か、と罵ろうとしてみても、満足に開けることを許されない口からはただ唾液が溢れるだけだった。もしかして、どころではない。もしかしなくてもこれは変態だろう。流石に俺でもわかる。
なんということだ、恋人の新しい面を予期せぬかたちで発見してしまった。よく考えたら前々からその気(俺の臭いを嗅いできたり、着替えの時やけに目が血走っていたり)もあった気がするが、まさかここまでだったとは。お前のその恍惚そうな表情はどうにかならないのか。
なんだかやるせない気分になった。高尾の行為にも、であるが、どこかそれを本心から嫌だとは言えない自分にも。

「ぷっ……真ちゃん涙目になってるぜ?なに、案外気持ちいかったりする?」

そんなわけないだろう馬鹿め。やはり声にならない声は小さな喘ぎとなって外に漏れた。
こいつは何を勘違いしている。気持ちいいもなにも、口の回りは唾液でべたべただし、お前の手は無遠慮にあちこちを撫で回すし。涙だって生理的なものだ。だから、断じてそんなはずはない。
かちゃ、と小さな音がして、ふと霞む視線を腹の方へ向けると、高尾が空いた手でズボンのポケットから愛用のスマホを取り出していた。それが何を意味するかなど一目でわかる。まずい、と思ったときにはもう遅く、顔の上で掲げられた機械から、かしゃりとシャッター音が鳴った。

「うおお……!やっべ、真ちゃん可愛すぎだろ。これ待ち受けにする。毎日眺めてオカズにする」

「っ……な、にをしているのだよこの変態め!」

興奮気味の高尾の手がスマホを両手で握るために引き抜かれたのをいいことに、自由になった口で抗議すると共に腕を伸ばし奴の掌の中の機械を奪おうと試みる。待ち受けになどされてたまるものか。オカズというのはよくわからないが、どうせろくでもないことに違いない。
しかし、さすが鷹の目と言ったところだろうか。高尾は俺の攻撃をひらりといとも簡単に避けると、電子音と共にスマホの電源を切り、床に放置してあるクッションの上へと投げた。

「あはは、残念でした。安心しろって、誰にも見せねえよ」

「当たり前なのだよ!それよりも今すぐ消せ!」

「それだけはやだ!」

俺を諌めようとしたのか、唾液でべたべたになった高尾の指が頬を撫でる。ぬるりと滑るその水分が、自身の口から出たものだと思うと気持ち悪い。潔癖のきらいはそこまで激しくはないが、それでも自分の唾液に濡れて喜ぶ奴などいないだろう。
はあ、と盛大なため息を吐いた。高尾の弛みきった顔を見ていると、なんだか無性に腹立たしくなる。愛らしさの欠片もない男の醜態を納めた写真など見ても、なんにもならないと思うのだが。こいつの思考はわからない。
相変わらず馬乗りになったままの男をどうしてくれようか。抵抗してもさほど効果は見られずむしろ余計しつこくなったので、いっそ諦めたほうがいいのかもしれない。
恋人は予想を上回る変態でした。なんて、笑い話にもなりはしない。しかし、そんな高尾でもどういうわけか全力で拒めない自分もいるわけで。
結局は、俺は相当高尾を好いているのだと思い知らされるはめになってしまった。言えば調子にのるだろうし、俺はそういうことを伝えるのは得意ではないから絶対に口にはしないけれど。

「高尾」

だがしかし、ただほだされるのも癪である。少しくらい、こいつは俺のされたことの不快感を味わうべきなのだ。

「なあに真ちゃっ……のわっ!?」

いいのか悪いのか、とっくに乾いてしまった右手で乱暴に高尾のシャツの胸ぐらを掴んだ。そのままぐいっと引き寄せて、健康的な色をしたその首筋を思いきり舐めた。
舌に伝わる薄い塩味は決していいものではなかったが、口をぱくぱくさせる高尾にしてやったりと内心満足する。どうだ気持ち悪いだろう。

「し、真ちゃん…」

「ふん。そもそもお前が悪い、」

「あああもうなにやってんの!うわああ俺もう一生首洗わない!真ちゃん天使ぃ!」

……どういうことだ。不愉快がるどころか、なにやら嬉々としてのたうち回っているではないか。というか体はきちんと洗え、汚いだろう。
腹の上でうずくまり震えている男に、もう何をしても無駄だと悟った。俺の意趣返しは、むしろ逆効果だったようだ。
とりあえず、目を血走らせて迫ってきた高尾をどうにかしよう。もう諦めてはいたが、悪足掻きくらいはさせてもらいたいものだ。






諦めも時には肝心です






箕浦さまに捧げます!相互ありがとうございました(^ω^)
「変態高尾となんだかんだで甘い天使な真ちゃん」とのリクでしたが、なんだかものすごく違う気がします……。駄文なうえに変な内容で申し訳ありません。書き直しいつでも受け付けております!改めて、ありがとうございました!

※お持ち帰りは箕浦さまのみでお願いします。




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