※モブ男子生徒視点



夏休み明けの席替えは、俺に窓際の最後尾という最高のポジションと共に、ある一つの問題をもたらした。

「真ちゃん今度ここ行かね?」

「む……まあ、行ってやらないこともないのだよ」

……先生、俺の隣と斜め前でなぜか男子生徒がいちゃついてるんですが。
あれ、ここ共学だよな。むさい男子校とかじゃなくて、可愛い女の子もいっぱいいるんだよな。

「やった!んでさ、帰りにここどうよ?」

「悪くはないな」

いやあね、オトモダチ同士でお出かけなら結構なことなんですけどね?
お前らが開いてる雑誌の表紙、よく見てみ。「デートスポット大特集」ってでかでかとキラキラピンクの文字が踊ってるんですけど。

「とにかく、その話はまた後だ。先生が来たのだよ」

「あっやべ!じゃ、部活の後計画立てようぜ!」

がらりと教室前方の扉が開くと共に、斜め前の奴、高尾が前を向く。雑誌を鞄に突っ込んで隠すのも忘れずに。嵐が去った。
嬉々としてデートの計画を立てていた俺の隣の彼等は、このクラスで(下手したら校内でも)有名なバカップルだ。だから今みたいなことも日常茶飯事、うん、日常茶飯事。したがって、俺は毎日いちゃつきを目の当たりにしなければいけないのである。なんという苦行。
名門バスケ部の一年レギュラー、男なら誰もが羨むというか妬むような立ち位置の筈なのに。その上お調子者で人付き合いの上手い高尾は女子に大人気だ。緑間だって、取っつきにくさが勝り声を掛けられることは少なくても、典型的な美少年の部類なので女子がちらちら視線を送っているのを俺は知っている。
そんなモテモテなお前らがなぜ、お前らでくっついてるんだよ!世の中不公平だ。モテない男代表の俺からしてみれば、女の子にモテるのに男とくっついちゃうやつらが憎くて仕方ないのだが。
しかも彼女いない歴イコール年齢の男の前でいちゃついてんじゃねえよ!とにかく、こいつらを見ているとすごく複雑な気分になるのだ。





今日の最後の授業は古典だった。ぶっちゃけ眠い。数学とかなら解らなくてもやっているうちにいつの間にか授業が終わるのに、国語系はどうも時間がすすむのが遅い気がする。ついでに古典担当の教師がお爺ちゃん先生で、そりゃあもう、眠い。
しかし俺はここで失態を犯してしまったことに気づく。あれ、ない。鞄のなかのどこを探っても古典の教科書が見当たらない。代わりに手に掴んだのは、古典の教科書よりもいくらか薄い漢文の教科書だった。
……やってしまった。昨晩うっかり遅くまでゲームをしていた俺は、今朝遅刻ギリギリで家を出たのだ。鞄の中身も正直適当に突っ込んできたような気がする。
これはまずい。始業のチャイムまであと一分もないだろうから、今から他のクラスの友達に頼るのは無理だ。なんで早く準備していなかったんだ俺の馬鹿。こうなったら窓際の最後尾の俺は、唯一のお隣さんに頼むしかなくなったじゃないか。

「……悪い緑間、教科書見せてくんね?」

隣の席で一人読書をする緑間に声をかける。ちなみに高尾は先程トイレに行く姿が見えた。時間が時間だしもう戻ってくるだろうが、おかげで今はあてつけられていなくて俺の心境もすこぶる平和だ。

「……忘れたのか」

「ああ、だから頼む!」

「仕方ないのだよ。ほら、机をこちらに寄せろ」

まったく、と呆れるように息をつく緑間の言葉に従い机を移動する。緑間は取っつきにくさが目立つ奴だが話してみると案外面倒見もよく、単に人とのコミュニケーションが苦手な奴なだけだということはもうこのクラスの常識だった。
というかまあ、高尾との連日のいちゃつきのせいで当初の怖いイメージが見事にどこかへ吹っ飛んでいったからなのだが。ついでにそのいちゃつきのせいで数人の女子が貧血で保健室送りになっているのだが、それはまた別の話だ。

「まじ助かった!サンキューな」

「ふん、なら授業中に眠るな」

「うっ……それはきっついかも……」

「お前は数学も寝ていただろう。日頃の人事の尽くし方が……」

小言を言い出した緑間を軽く受け流して、その手元を覗き込む。彼の読んでいる本は萎びた紙に難しい文字の羅列と、とても俺には理解できそうにないものだった。頭のレベルが違う。
しかし、覗き込むな、と冷静にたしなめられると、なんだか可笑しくなった。自然と笑うと、緑間は不可解そうに首を捻る。
そうだ、こうしてみると緑間も意外とそこらの男子生徒とたいして変わりないように思える。
少なくとも、このクラスで緑間のことを嫌っている者などいないしな。入学したての頃はそれこそ会話すらまともに成り立たなかったが、今では少しはクラスに馴染んでくれたのだろうか。それも高尾のお陰かねえ。

「ちょっと、何してんのさ」

……なーんて、ちょっと良いかんじにまとまりかけているところで奴が帰ってきやがった。
いやあね、高尾は親しみやすいことに変わりはないし、俺だって友達だと思ってますよ。でもさ、今はすごく面倒臭い。なんでわざわざ俺と緑間の間の狭いスペースに割り込んでくんの。

「こいつが教科書を忘れたらしいのだよ」

緑間が俺を指差し何食わぬ顔で言う。それを聞くと、高尾はふうん、とだけ漏らして此方を向いた。

「そっか、だから真ちゃんと机くっつけてんだ」

「あ、あぁ…」

なにこいつ目が笑ってないんですけど。表面上は人好きのするいつもの笑顔だが、俺をじいっと見つめる瞳には光が宿っていないようにみえる。

「だからってさあ、近すぎると思うんだけど」

「たか、」

がしっと肩を掴まれる。うわあなにこれ超怖い。あれ、高尾ってこんな奴だっけ。ていうか俺たち、友達だったよな……?

「まあいいや。ちょっと待ってろ!」

かと思うと、肩を掴む腕が突然離された。高尾はどたばたと自分の席に戻っていく。
いきなり楽になった双肩にいささか狼狽すると、不思議そうにこちらを見る緑間と目が合う。なあちょっと、お前の彼氏まじ怖いんだけど。

「ほらよ」

「は……?」

ぼすんと俺の机に叩きつけられたのは、今まさに求めていた古典の教科書で。表紙の右下には、ご丁寧に「高尾和成」と持ち主の名前が記されている。

「おい、これ」

「俺の教科書貸してやっからさ、……早く真ちゃんから離れろよ」

その視線は、さながら蛙を睨む蛇のよう。蛙すなわち俺は、はいっと良い返事をして机をいつもの三割増しで緑間から離すことしかできなかった。もうやだ、こいつら。なんで俺教科書忘れただけでこんな怖い思いしなくちゃいけないの。

「お前の授業はどうするのだよ高尾。俺は別に迷惑など」

「隣に見せてもらうし大丈夫!心配してくれる真ちゃん優しいまじ好き」

俺にはもう興味がないといった素振りで緑間の机に身を乗り出した高尾は、でれっでれの笑顔で緑間の腕を掴んでいる。対する緑間は人前なのだよと顔をほんのり赤くしながらも、満更でもないように見える。我が身は助かったと思いつつも、どこか釈然としないのだが。

「ていうか真ちゃん、あんまり俺以外に優しくすんなよ?」

「は」

「そんなに無防備だと、和成くん嫉妬してお仕置きしちゃうぞってこと」

こつん、と自分の額を緑間の額に押し当てて、高尾がにやりといつもより低い声で囁く。あ、緑間の顔がものすごくわかりやすく真っ赤になった。漫画とがなら、絶対ぼんって擬音がついてくるかんじ。
完全に二人の世界だ。こいつらにとって、俺の存在は床に転がったじゃがいもいや米粒程度なのだろう。
実際教科書は有り難いのだが、ああもう俺の隣でいちゃつくなよな!特に高尾。この程度で妬くなっての。
「お仕置き」についてはあえて何も言うまい。絶対に深く突っ込んでは行けない領域だ。
てか嫉妬とか言うけれど、俺には断じてそっちの趣味はない。たしかに緑間は綺麗だとは思うけれど、俺はやっぱり女の子が好きです。第一高尾がそんなんじゃあ、誰も緑間に手を出そうなんて考えねえよ。
ああもうお前ら始業チャイム鳴ってるし。いつまで見つめあってんだよ。先生めっちゃこっち見てるよ。てかむしろ教室にいる全員がこっち見てる。ガン見だよ。数人の女子は机に頭を打ち付けてるし。
ったく、お前らのせいで被害は甚大だ。いいかげん気付けよバカップル!



とある男子生徒の証言



(いいから俺を巻き込むなっての!)








prev next