※モブ喫茶店店員のお姉さん視点


今日は珍しい客がきた。彼らを見たときただそう思った。

私の勤める喫茶店は、都内でもそれなりに有名な店だ。特に甘味が人気なようで、昼下がりに訪れるお客さんも多い。そう、特にカップルが多い。
商店街の中心部という最高の立地条件のせいだろう、買い物デート中の若い男女が客層の大半を占めている。だから、彼女の大量の荷物を抱えている彼氏、という図をしょっちゅう見かけるのだ。彼氏さんも大変だなあなんて思いつつ、現在独り身の私としては、少し羨ましかったりする。
そんななか、彼等は突然やってきた。たしか3時前くらいのかきいれ時だったと思う。からんからんと小さく響いた鈴の音に、どたばた忙しいながらもいらっしゃいませーと営業スマイルを向けた。そこまではいつも通りだ。そして普段だったらカップルが、たまに家族連れや仲良しグループの女の子達が見える。
しかし私の目に飛び込んできたのは、何を食べたらそんなに成長できるのかと小一時間問い質したくなるほどの長身の男性だった。いや、男性が来たこと自体は不思議ではない。特筆すべきは、その外見だ。
私は思わず目を見張ってしまった。なににって、その男性の長身にももちろんなのだが、問題なのはその手荷物の量だ。両手いっぱいどころではすまない大量の紙袋。しかも中からはうさぎだのくまだのトラだの、その他もろもろなんに使うのかすら分からないような物たちが顔を覗かせている。
ああこれは彼女さんに盛大な荷物持ちをさせられたのか。真っ先にそう予測した。なぜならその男性の表情はこれだけの大荷物を抱えているにもかかわらず、満足そうに輝いていたからだ。愛のなせる技、ってやつですか。妬けるねえ。うちの客層のからしても、そうだとしか思えなかった。
しかし私の予想は、まもなく脆くも無惨に打ち砕かれることとなる。それにしてもとんでもない量、それと中身。一体どんな彼女さんだよ、と受付のために入り口へと向かった私は、ドアの陰から現れた二人目にさらに度肝を抜かれるはめになった。

「い、いらっしゃいませー……、二名様、ですか?」

「はーい、二人です!てか真ちゃん重いんだけど!何こんなに買ったんだよ!」

二人目、そう二人目。てっきり荷物を全て彼氏さんに任せて、身軽になった楽しげな彼女さんが現れるものだと思っていた。
ところがどっこい、なんてこったい。二人目もまた、男でした。……いやいや、ごく稀にではあるけれど男性グループだってやって来る。いくら女性向け雑貨屋などが建ち並ぶ通りであっても、男性が来ていけないわけではない。
しかし何が問題かといえば、それはここでもやはり荷物の量だったのだ。なんなのこれ。あんたら店でも始めるの?その男性の腕にはぱんぱんに膨れた紙袋が両手三つずつ。そして彼は抱きしめるように、さらにいくつもの袋を抱えていた。お陰で私は彼の顔をまだ一度も見せてもらっていない。だからきっと私の精一杯の営業スマイルも彼には届いていない。どこかやるせない気分になった。

「ただいま全席禁煙となっておりますが、」

「構いません。学生ですので」

マニュアル通りの対応を必死に組み立てる私の台詞は、麗しの低音ボイスに見事に遮られた。綺麗な声である。てかあなた学生さんですか。最近の学生ってどんだけ成長しちゃってんですか。解せぬ。

「ではこちらへどうぞ」

軽くひきつった笑顔を貼り付けて、賑わう店内の奥へ進む。彼等は何も言わずについてきたのだが、いかんせん人の目を引きすぎる身なりをしていたために進路にいる客全員の視線を釘付けにするという偉業を成し遂げた。みんなぽかーんとしている。安心して、私も色々とぽかーんです。

「ご注文は何になさいますか?」

浴びせかけられる視線に屈することなく店の一番奥にある二人がけの席に彼らを座らせて、メニュー表を二枚机に置いた。ここならあまり他の客に見えないから、という主に他の客への配慮ゆえだ。ちなみに無数の紙袋は机の脇に鎮座している。はみ出した土偶(恐らくレプリカ)と先程から何度も目が合ってなんとも言えない。

「真ちゃんは何にすんの?」

「甘いものがいいのだよ」

「あ、じゃあこれは?抹茶パフェとか」

荷物を置いてようやく自由になった黒髪の方の男の人が、嬉々としてメニューを眺め始めた。先程の会話から察するに、彼は真ちゃんと呼ばれているこの緑髪の男性に荷物を持たされているらしい。それでもこれといった文句も言わず果てには仲良くお茶するとか、なんていいお友だちをお持ちなんだ真ちゃんさん。彼女に荷物を持たされる彼氏は数多と居れど、ここまで持つ男もそういない。なんて彼氏力。まあ男二人連れなんだけどね!

「抹茶パフェ一つとミルクティー二つお願いします」

注文が決まったらしく声をかけられ慌てて手元の伝票にメモをとる。結局抹茶パフェにしたようだ。うちのはうまいよ、お客さん。作ってるの私じゃないけど。
ごゆっくり、と一言添えて厨房へと向かう。声の感じだと高校生なのかな。とりあえず、珍しい客が来たものだ。




彼らの注文を届けると同時に、ホールにアルバイトの子が二人増員された。イゴール、私にもしばし休憩が訪れるわけだ。といっても注文などで呼ばれたらすぐに行かなければいけないから、ホールにいることに変わりはないのだけれど。
それはほんの出来心だったのだ。ほんのすこしだけ、さっきの男の子達に興味が湧いたのだ。何が悪いかと言えば、彼らが思いの外イケメンだったからということにする。とんだ責任転嫁ではあるが、そうするより他ないのも事実なのだ。
彼らの座った席は、柱の陰となり本当に他の席からは死角となっていた。うん、これが全ての要因。同僚が彼らの注文品を運んでいるのが目に入り、私はとくにすることもなかったのでふらりと彼らの席へと巡回のふりをして足を運んだ。いくら奇抜とはいえ、イケメンはイケメンである。淋しい独り身の女(27)が釣られないはずないのだ。休日の午後に友達同士で買い物など、彼もフリーなのかしら、なんて甘い期待をしてしまった自分が今となっては恨めしいばかりだ。

「高尾はなにも食べないのか」

真ちゃんさんの言葉が、全ての始まりだった。黒髪の子は、高尾さん、というらしい。たぶん苗字だろう。

「んー、俺甘いのそんなに好きじゃないしね。真ちゃんの一口もらうだけでいいよ」

高尾さんがミルクティーを啜りながら、真ちゃんさんが握る銀のスプーンを指差した。
ちなみに私は柱の陰でちらちらと覗き見状態である。なんて不審者。

「……これは俺のパフェなのだよ」

「一口くらいいいじゃん!俺今日ずっと真ちゃんの荷物持ちしてたんだから少しは労ってよ」

「……一口、だけだぞ」

「やった!さんきゅー真ちゃん」

真ちゃんさんが折れた。半分程になった緑の山を左手のスプーンで崩して、アイスの部分と小豆の部分をバランスよく掬う。彼は、ん、とそれを高尾さんの目の前につきだして、はやく取れ、と仏頂面で押し付けた。
うん、ここまではよかったんだよね。ここまでは。そう、高尾さんが、にやっ、とちょっと悪そうな笑みを浮かべるまでは。

「ん、いただきまーす」

ぱくっ、と勢いよく高尾さんがスプーンに噛みついた。ええ、噛みつきましたとも。真ちゃんさんが握ったままの、スプーンに。
これだけならまだ、仲のいい友達同士がふざけあっているだけともとれる。しかしこれだけではすまなかったから困るのだ。見てよ奥さん、あの真ちゃんさんの顔。

「っ!お、お前はここがどこかわかっているのか!」

「喫茶店の中?大丈夫、ほら、ここ死角になってんだよ」

高尾さんが柱の方を指差して、慌てて身を引っ込めた。気付かれてないよね?少し不安だ。気付かれてたら明らかな不審者だもの。
しかし、見てはいけないものを見てしまった気がする。え、うそだろ、まじですか。なんで真ちゃんさんそんなに赤くなってんですか。照れてんですか。友達同士ってそうなっちゃうもんなんですか、どうなんですか。
だれかうんと頷いて、という私の願いは誰にも届かなかったようだ。軽くパニックに陥りながら再度彼らの方をそっと覗けば、さらなる光景が待ち構えていたのだから。

「ほら、真ちゃん、お返し。あーんして?」

「自分で食べられるのだよ!」

一つしかなかったはずのスプーンは、いつの間にか高尾さんの手の中にあった。その上にはパフェのアイスが一口分、ちょこんとのっている。そしてそれは、真ちゃんさんの口元で、はやく食べてと言わんばかりに揺れていた。

「ほーら、はやくしないと溶けちゃうよ?」

「んむっ……!おしつけるな」

「だったら食べなって。照れてんのも可愛いけどさ」

……もう何も言うまい。目を疑うほどの彼氏力、当然だよねだってほんとに彼氏だったんだもん!
私はそっとその場を後にした。そろそろ受付を交代しに行こう。私の行方は、ずっと此方を見ていた土偶だけが知っている。




とある喫茶店店員の証言




(なんだ、ただのリア充か)




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