モブ(腐)女子生徒視点



私のクラスには、最近噂の名物コンビがいる。とりあえず簡潔に纏めると、私達の間で囁かれている内容は主に二つだ。


一つ目は、彼等が一年生であるのにも関わらず部活でとても素晴らしい成績を納めているということ。これが主だった噂、というか真実なのだけれど、学校中に知れ渡っている。その部活は強豪として全国でも名が知れているから、時折そういった雑誌の取材も来るくらいには有名人。
そして二つ目、私にとってはこちらが重要だ。彼等、というからには二人とも当然男である。しかし、実は二人はデキている、という話がまことしやかに囁かれている。主に私達クラスメイトと、一部の理解ある女子たちの間で。デキているってのはもちろん、そういった意味だ。
確かに彼等のお互いを見る目は、どこからどう見ても友人としての一線を越えた恋人同士のそれである。と、私は思っている。妄想だと鼻で笑いたいのなら笑うがいい。けれどもクラスの皆も似たようなことを言っているし、考えすぎだと一蹴するのも如何なものか。
ていうかぶっちゃけホモうめえ。それが私にわかる唯一の真実だ。つまるところ、いつもご馳走さまです、状態なのである。そして今日も、私は彼らをひっそりと見守るのだ。




名物コンビの片割れである緑間くんは誰もが認める変人だ。人目を引くハイレベルなルックスの持ち主であるのに関わらず、極度のコミュ障であり偏屈者なのである。極めつけは毎日持ち歩くラッキーアイテム。無茶ぶりで有名な番組のそれを、毎日欠かさず持ち歩くのだ。
しかし、たたの変人で済まされるほど緑間真太郎は甘くない。彼は典型的なツンデレであった。それに見た目に反して不器用なところもあって、おまけに天然、鈍感、眼鏡、その他もろもろのオプションつき。なにこの歩く萌え要素まじおいしいです。むしろ萌えが飽和して設定盛りすぎだろって突っ込みたくなるくらいだ。とりあえず、彼をこの世にありがとう神様と緑間くんのお母様。
朝学活五分前、今日も生きた萌え要素様が教室へと入ってきた。きっと今まで朝練をしていたのだろう。シャワーを浴びたのか僅かに湿り気を帯びた髪が艶やかだ。やばい、色気はんぱない。うん、朝からいいものを見た。今日も一日私は元気に過ごせそうです。

「真ちゃんおっまたせー!」

かと思えば、どたどたけたたましい足音と共に教室内に駆け込んできた人物が一人。がらっと開いた扉にクラス皆の視線が向く。
きた。我らがハイスペック彼氏、名物コンビのもう一方の高尾くんだ。
高尾くんは緑間くんの相棒であり、唯一緑間くんがなつく相手である。ちなみにこいつもイケメンだ。そして、高性能な社交術の持ち主。コミュ力に関しては彼の右に出る者はいないだろうと思われるくらい。いつも皆の中心にいるような存在だ。かといって人気者ならではの嫌味な感じもせず、彼を嫌う人などほぼ皆無だろう。
そんな彼が、今はどういうわけかドアを開けた体制のままぜえぜえと息を荒げている。……季節外れの、お汁粉の缶を抱えながら。

「遅いのだよ」

「ごめん待たせて。でもギリ間に合ったから許してよ」

彼等の話をこっそりと盗み聞きしつつ時計を見れば、時間に厳しい先生が来る時刻まであと二分を切っていた。本当にギリギリだ。高尾くんにしては珍しい。

「俺が許すようなことでもないだろう」

「いやー、でも真ちゃん一人で寂しかっただろ?だから俺超高速で日誌書いてきたんだよ!」

どうやら部活の日誌当番だったらしい高尾くんは、へらへらと笑いながらは自席へと早足で歩いていく。高尾くんと緑間くんは前後席である。緑間くんはそんな高尾くんを横目で一瞥し、机の上にある鹿の縫いぐるみに視線を戻した。今日の蟹座のラッキーアイテムだ。

「ほんの五分程度だろう。それにお前が居なくても寂しくなどないのだよ!」

「えー酷い。俺は真ちゃんとたった五分でも離れるの嫌だったんだぜ?つれないこと言うなよ」

「……ふざけたことをぬかすな」

先生大変です。私が息をしていません。いきなり机にうずくまった私を周囲は不審に思っただろう。てか教室のあちこちからがたんっと机が揺れる音がしたから、のたうちまわっているのは私だけではないはず。前言撤回。先生、ここら一帯の腐女子が全滅しました。
何がすごいって、高尾くんの台詞ももちろんなに口説いてんだよ!と突っ込みたくなるような大変美味しいものなのだが、それよりも緑間くんの反応だ。
なにあの天使!可愛すぎわろた。なんでほんのり頬を染めながらそっぽ向いてんの!ツンデレか!ああそっか君ツンデレだったね!うん知ってた!やばいやばい、危うく発狂しそうになった。

「ぷぷっ……真ちゃん顔赤いよ?愛しの高尾くんが来てほんとは嬉しかったんでしょ?照れんなって!ほんとツンデレなんだから」

私のみならず、クラスの全員が思っていただろうことを高尾くんが全て代弁してくれた。ありがとうハイスペック。
しかし君はまた罪のない人たちを死の縁へと追いやった。先程よりがたんの数が多かった気がする。ぎりぎりで理性を保っていた奴等もやられたか。恐るべしバカップル。いいぞもっとやれ。

「べつに照れてなどいないのだよ!」

「顔赤くしてんなこと言われてもねえ」

「もう黙るのだよバカ尾!」

はいはい。なんなのこの子たち天使なの?同級生で当然私より背の高い男子二人の筈なのに。ほんとにここ三次元?私ってば間違えて二次元に入り込んじゃったりした感じ?そんな疑いを持ちたくなる程に、彼等の周りには甘ったるいピンクオーラが見える。腐ィルターとかそういうのなしで。
既に虫の息の私であったが、萌えすぎで死ねるなら本望です。死因診断書を見た両親にすごく微妙な顔されると思うけど。まあいっか。私は欲望に忠実です。
最期まで見届けようと、机に突っ伏した腕の隙間から高尾くんたちの方を盗み見ているなう。にやにやを隠すのは忘れずに。ポーカーフェイスは得意分野だ。腐女子なめんなよ。
緑間くんの机に肘をつき、緩んだ顔を隠そうともせず自分を見つめている高尾くんにとうとう限界がきたのか、緑間くんは吐き捨てるように言うと彼から目を剃らした。その様子がまたなんとも言えずかわいらしい。
やっべえ美味しすぎる。緑間くんは類い稀なる長身の持ち主であるはずなのに、可愛いとか何事だ。ああそっか耳まで赤くなってるからだ。まったくツンデレにも程がある。

「もー真ちゃん拗ねんなよ。ほら、待たせたお詫びにってこれ買ってきたんだぜ?」

高尾くんは懐に抱えていたお汁粉缶を緑間くんの目の前に掲げ、ひらひらと見せつけている。でた、高尾くんの必殺技餌で釣る攻撃!よっぽどのことでない限り、緑間くんは大抵お汁粉で落ちる。そりゃあもう、いつか誘拐されるんじゃないかと不安なほどに。まあ彼の隣でいつもハイスペック彼氏様が目を光らせているから大丈夫だろうけど。

「じゃーん、真ちゃんが大好きないつものお汁粉でっす」

「……寄越すのだよ」

ちょろかった。お汁粉缶が視界に入ると同時に緑間くんの目の色が変わった。
高尾くんが、ん、とお汁粉を差し出すと、緑間くんは満足そうにそれを受け取る。心なしか表情も和らいでいるように見える。どんだけお汁粉好きなのよあなた。伊達に毎日飲んでるわけではないようだ。
手渡されたお汁粉を開けて、ちびちびと味わいながらすすりだした緑間くんを、高尾くんは両手に顎を乗せてうっとりと緩みきった顔で眺めている。対する緑間くんも、先程のツンツンが嘘のように幸せそうな顔で大好物に舌鼓を打っていた。

「真ちゃん機嫌直してくれた?」

「……」

「ちょっ無視すんなよ!」

「……前を向け、先生が来たのだよ」

途端に毎度お馴染み始業チャイムが鳴り響き、先生が教室の扉を開けた。皆は慌てて自分の席へと戻って行く。
そっかすっかり忘れてた、今って朝学活前だったんだ。あまりのいちゃいちゃにあてられて全然頭が働いていなかった。
信じられるか、これたったの二分ちょいの間の出来事なんだぜ……?もうなんなのあんたら付き合ってんだよねそうだよねそうだと言え!これで付き合ってなかったら世の中のカップル全てが倦怠期だと思う。
先生が教壇に立ったので、叱られないうちに私も上体を起こして背筋を伸ばし前を向く。内心の葛藤は隠せているはずだ。たぶん。
それでもやはり気になるものは気になるので、横目で少しだけ、ちらりとバカップルの方を見ると、残ったお汁粉を一気飲みした緑間くんが空き缶を机の下から高尾くんに手渡していた。高尾くんは前を向いたまま、何も言わずにそれを受け取る。以心伝心ってやつですねわかります。てか緑間くんまじ女王様。そんなところも素敵です。
しかし二人とも、クラス中の注目を集めているのに気づいていないのだろうか。まあいい、私達は確信したよ。噂が真実だってことを。とりあえず、私は脳内で密かにガッツポーズをしておいた。こんどあいつらで薄い本を作ろうと心に決めながら。





とある女子生徒の証言



(やっぱあいつらデキてるって!)




prev next