冬の夜は寒い。そんなの周知の事実だし、昼間だって変わらず寒いのだけれど、今俺が主張できる最高の口実であることもまた事実だった。

「…苦しいのだよ、離れろ」

「こうしてた方が暖かくていいじゃん」

悪態をつく真ちゃんが逃げられないように抱きつく腕に力を込める。けれど抵抗が返ってくることもなくて、何だかんだ言ってこいつも嫌ではないらしい。まあしょうがないよね、この寒さじゃあさ。
二人して一つの布団に頭まで潜り込み、身を寄せ合ってぬくぬくと微睡む。もう寝ようと暖房を消した部屋の中で、なんと贅沢なことだろう。灯油の無駄遣いをやめることは、どうやら地球だけでなく俺にも優しいらしい。あー、幸せ。
抱き込んだ真ちゃんの肩口に頭をぐりぐりと押し付けて、彼の熱を少しも溢さず受け取ろうと試みる。じんわりと額に広がる暖かさに、幸せがまた質量を増した。やっぱ真ちゃんのぬくもりは全て俺のものだ、空気などにやるものか。

「真ちゃんあったかい」

「お前も、相当なのだよ」

くしゃ、と寝巻きの背中を握りながら、軽く抱き締め返される。髪に真ちゃんの頬が擦れるのを感じた。俺の体温もたぶん真ちゃんに伝染してる。安心しろよ、全部お前にやるからさ。
物理だったかで習った熱平衡のことを思い出した。詳しい内容はうろ覚えだけれど、その理論から言えばきっと今の俺たちの体温は釣り合っている。
まったく、離れろなんて言ってたくせに。相変わらず素直じゃないね。可愛いから許すけど。

「ねー真ちゃん、」

「なんだ」

「おやすみのちゅー、してよ」

背中に回していた腕を片方だけほどいて、真ちゃんの耳にかかった緑の髪をかきあげる。ちょっとした悪戯心だ。そこへ息を流し込むように囁けば、剥き出しになったそこがみるみる色づいていった。

「お前はいきなり何を言い出すのだよ!」

「だめ?心配すんなって、変なことはしないからさ」

今日は、ね。明日も朝練だから、無理をさせるわけにはいかない。それにもう随分と夜も深まっているので、そろそろ寝ないとどちらにせよ明日泣きを見るはめになる。

「ねー真ちゃん、いいでしょ?」

だからせめてこれくらいは。体を強張らせている真ちゃんの髪を優しく撫で付ける。初なのも相変わらずだ。逆上せたわけでもないのに茹で蛸みたいになった耳が俺の邪な気持ちを更に煽る。本当は今すぐにでも俺から無理矢理キスしてやりたいけれど、ここは我慢が大切だ。素直にならないからお仕置きだよ、なんてな。いつも俺からだから、たまには真ちゃんからしてほしいんだよ。

「しーんちゃん、」

「……っいい加減にするのだよ!」

「うえっ!?」

いきなりがしっと音がしそうなくらい乱暴に頭髪を鷲掴みにされ、肩から頭を引き剥がされると同時に額に柔らかい感触。小さなリップ音をたてて離れていったものは、間違いなく真ちゃんの。

「…これで満足か」

吐き捨てるような声が耳に響く。真ちゃんは寝返りをうって、軽く放心状態になった俺に背を向けた。
なに今の。引っ張られた頭皮が地味に痛みを訴えているけれど、そんなの気にしていられない。おい真ちゃん、いくらなんでも不意討ちすぎんだろ!
額にピンポイントで血液が集中する。先程までの余裕などとうになく、全身を煩いくらいの鼓動が駆け巡った。

「……やばい真ちゃんが可愛すぎる」

「…意味がわからないのだよ」

「そのまんまの意味だよ。ねえ真ちゃん、朝まで抱き締めてていい?」

断られてもそうするだろうけれど。距離をおかれた背中にすがり付いて、胸の前に腕を回す。肩甲骨の辺りに耳を押し当てれば、やたらと駆け足の心音が聞こえてきた。

「好きにしろ」

貴重なデレ、頂きました。背を向けられたままだけれど、精一杯の照れ隠しくらい見逃してやろう。かわりと言ってはなんだが、ぐりぐりと頭をその背に押し付けて体温と鼓動を享受してやることにする。ついでに足も絡めて。

「俺、まじ幸せ者だわ…」

真ちゃんと重なったところが全部どきどきして、全身が心臓になったみたいだ。でもそこからは同じように高鳴った鼓動が忙しく伝わってきて、返答はなかったけれどこいつも俺とたいして変わらないんだって分かる。心音が共鳴し、一つになった感覚。体温だって恐らく変わらないのに。あーあ、何で俺、真ちゃんじゃないんだろう。




いたい、いたい
(異体、心臓が痛い)



でも幸せ!





お泊まりたかみど。経緯はご想像にお任せします←




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