※同棲高緑


真ちゃんは和菓子が好きなようで、結局は甘いものなら全体的に好きだったりする。もちろん一番は和菓子だけれども、たまにファミレスとかでデザートのケーキをおいしそうに見つめているのだ。わかりにくいようで案外わかりやすい。そういうときにすぐ通りすがりの店員を呼び止めて追加注文してしまうあたり、俺はとことんこの男に甘いと思う。
そんなわけで、高尾和成は今キッチンで奮闘しているのです。何ってそりゃあ愛しの真ちゃんに喜んでもらう以外なにがあるっていうの。フライパンに生地を流して、芳ばしい香りが広がるのを待つ。そんでもって、酸っぱいヨーグルトが飛んで付着した指を舐める。砂糖不使用のプレーンなので、ただ単に酸味しかしなかった。
今日の高尾クッキングはパンケーキですよ奥さん。メモのご用意を忘れずに、なーんてな。ちなみに前にテレビでヨーグルトを混ぜるとカフェのパンケーキみたいになるという話を見たので、少しだけ加えてみた。
ぶっちゃけ女子じゃあるまいし、お菓子なんてまともに作ったことがない。真ちゃんと二人暮らしを初めてからあいつに旨い飯を食わせたい一心で普段のごはんならかなりの腕前になったと自負しているが、さすがにお菓子までは手が回らなかった。
それなのになぜ俺がこうも奮闘しているかといえば、真ちゃんに朝ごはん何がいいと聞いたところ「パンケーキが食べたいのだよ」とおねだりされたからである。朝食は和食派の真ちゃんにんなこと言われちゃもう作るしかないよね。よっぽど食べたくなったんだ、よーし和成頑張っちゃう、というわけでして。

「真ちゃーん、お皿出すの手伝ってー」

居間のソファでくつろいでいるだろう真ちゃんに声をかける。焼き上がりまであと僅か。さて、おいしくなったかね。おいしくなっててくれよ頼むから。女王様の舌をいじめたくはないのだよ。案外優しいあいつのことだから、おいしくなくても何も言わずにたいらげるに決まっているし。

「できたのか?」

「あとちょっと」

キッチンに出てきた真ちゃんがフライパンを脇から覗いた。やがて表面のどろりとした部分がふつふつ泡を吹いてきたので、フライ返しで一気にひっくり返す。うん、いい焼き上がり。この調子でもう一枚、とひっくり返してこちらも成功。なかなか上出来だろう。仄かに甘い匂いも空きっ腹に染み込んできた。
コンロを消してフライパンを掴み上げ、真ちゃんがテーブルに並べた皿の上へまあるいパンケーキを滑らせる。付け合わせは昨日の夕飯の余りのサラダでいいか。と思ったら、どんと目の前にガラスのサラダボウルが現れた。見上げると満足げな真ちゃんと目が合って、なるほどこれはお前の考えなどお見通しなのだよって顔だ。大正解。やるねえ真ちゃん。

「はちみつとバターどっちがいい?」

「どっちもではだめなのか」

「太っても知らねえぞ」

「ふん。普段から鍛えているから問題ないのだよ」

ふっと薄く笑ったかと思えば、とろりとはちみつがパンケーキの上に垂れてきた。俺はバターだけでいいや、と小さなナイフを取り出しておいた乳白色の塊につきたてる。少し溶けかかったそれは、すんなりと一口サイズに切り取られた。

「じゃ、いただきます」

「いただきます」

向かい合って二人食卓に腰を下ろし、律儀に手を合わせパンケーキにぱくついた。うん、上出来。ヨーグルトのおかげかしっとりとして、俺の好み。

「どう?」

「……ん、おいしいのだよ」

「そりゃ俺の愛情がたっぷり入ってますからね」

「お前の愛情はヨーグルトなのか」

「あ、バレた?」

「バレたもなにも、この間同じ番組を見ていただろう」

そういやそうだった。ということはそれが真ちゃんのパンケーキ食べたい発言の根底ということか。納得。

「それでも愛情は詰まってるよ」

「そんなこと知っている」

「あ、デレたな真ちゃん」

「……知らないのだよ」

「今更遅いって」

それでも僅かに頬を緩ませて咀嚼する真ちゃんをじいっと見つめる。料理は人に食べさせるから楽しいのよ、って前にお袋が言ってた台詞がなんとなく理解できた。
真ちゃん、君は今俺の愛情を飲み込んでいるのですよ。お前のためにつくった、お前だけを考えてつくったそれがいつか血液にのって、お前の身体中に染み渡るわけだ。

「真ちゃん、夕飯は肉じゃががいいな」

今度はお前が作る番だ。愛情込めて作ってくれよな。




おいしいパンケーキのはなし





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