黄→緑



薄明るい提灯の照らす境内で、ふと視界の端に緑がよぎった。せめぎあう群衆から頭ひとつ飛び出したその人影は、見間違うはずもない。

「あれ、緑間っち。どうしたんスかこんなとこで」

小さな神社の小さなお祭りだった。モデルの仕事の帰りにたまたま見かけ、予定もなかったのでふらりと立ち寄ったのだ。まさか知り合いと出くわすとは思わなかった。
人混みをかきわけて彼に近づき声をかけると、振り向きざまに眉をひそめられる。そして三年間聞き続けてきた澄んだ低音が、雑踏に掻き消されながらも俺の名を呼ぶ。もう随分と久しぶりな気がした。

「……黄瀬、なんなのだよそのふざけた格好は」

不信感を隠そうともしないこの男は、呆れたように俺の身なりを指摘した。ああ、たしかに俺は今軽い変装として、事務所に渡された帽子とサングラスをかけている。普段の俺を知っている人が見たら驚くのも無理はない。
しかし、緑間っちにそれを言われるのは心外というか。要するに、俺にはあんたの身なりのほうが所謂「ふざけた格好」に当てはまると思うんすけどね。

「変装ッスよ。てか、あんたもなんなんスかその格好!?」

「む……。仕方ないだろう、今日はラッキーアイテムを取りに来たのだから」

あ、一応変な身なりをしてる自覚はあるんだ。緑間っちのことだから、なんのことだと天然ぶちかましてしらばっくれるかとも思ったが、さすがにこの格好が普通じゃないのは認めているらしい。
緑の髪に絡むように巻き付いた三つのお面はどれもちびっこに大人気のヒーローやヒロインのもので。首ではなぜか発光するネックレスがじゃらじゃら存在を主張していて、右手にはスーパーボールと水風船、左手には射的か何かでとったのか怪しい何かがたくさん見え隠れする大きな紙袋。極めつけには、背中に抱きつくようにしておぶさる某大人気青い猫型ロボのビニール風船だ。好意的にこの状況を捉えてみようと試みるが、小さなお祭りだが出店の数は十分にあるらしいということがわかっただけだった。
てか服装が真面目そうなぶん、余計に奇抜なんすけど。緑間っちだから仕方ないかもしれないけど。

「この時期の祭りは珍しいからな。一気に補給することにしたのだよ」

「どや顔やめて!てかさっきから俺たちのまわり人の波が引いてるッスよ!」

「ふん、この中のどれかがいつか俺の命を救うかもしれないのだよ。そんなこと気にしていられるか」

馬鹿め、とでも言いたそうな緑間っちに溜め息をつく。あんたどんだけ占いに命握られてんの。
その格好のお陰か、せっかく綺麗な顔の男が一人で歩いてんのに女の子に声かけられないし。まあ、俺から見れば緑間っちだからで済むけど。

「それよりお前はどうしたのだよ」

「仕事の帰りッス。小腹空いちゃって、なんか食べてこうかなって」

最初はただなんとなく寄ってみただけだったけど。屋台から漂う美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、そういえば昼から何も食べていなかったことを思い出す。偶然にも一人じゃなくなったことだし、せっかくなら夕食代わりに何か食べていってもいいだろう。

「緑間っちも一緒にどうスか?」

「食事?お前とか?」

「何でそんなに嫌そうな顔するんスか!」

ひどいッス、と拗ねてみても彼の眉間の皺が消える気配はない。仮にも旧友のはずなのだから、この反応はさすがに傷つく。
俺としては一人で食べるのがなんとなく寂しいっていうのが半分、久々に緑間っちと話したいってのが半分だったんだけど。

「やかましくなりそうだと思っただけだ」

「いいじゃないスか、友達と騒ぎながら食べてこそ美味しいんスよこういうとこのは」

ほら緑間っち行こ、となかば強引に水風船のぶらさがった方の腕を引く。こうなったら意地でもあんたを連れてってやる。どうせあれだ、緑間っちは素直じゃないし。こうして会話が続いている限り、態度ほど嫌がってはいないだろう。

「おい離すのだよ、」

「なんなら林檎飴おごるッスよ」

「……お前がどうしてもと言うなら行ってやらないこともない」

うわこの人ちょろっ!たまたま目についたのぼりに記された甘味の名前を挙げただけで、ぴたりと抵抗が止んだ。
いくら甘いものが好きとはいえ食べ物につられるとか、緑間っちいつか誘拐されんじゃないの?いや、ラッキーアイテムちらつかせた方がのこのこついて来そうか。明日のラッキーアイテムあげるからおいで緑間っち、なんて。って、俺なに考えてんだか。

「はいはい。俺どうしても緑間っちとごはん食べたいから、来てくれるよね?」

「ふん、仕方ない。林檎飴を忘れるなよ」

飴の一本くらい安いものだ。とりあえずはその場を離れ、適当に食品の屋台を見て回ることにした。





境内の隅に置かれた飲食スペースは、時間も早かったので人影はまばらだった。二人がけのテーブルに腰を下ろし、抱えていたトレーやらを並べていく。あまり量はないけれど、湯気が立ち上るたこ焼きや焼き鳥は普段あまり食べないので安っぽい見た目でも食欲をそそる。

「緑間っちほんとにそれだけで足りるんスか?」

「夕食は食べてこないと家族に伝えてきたのだよ。母がもう用意をしているはずだ」

俺に奢らせた林檎飴を舐めながら、至極真面目な答えが返ってきた。律儀なもんだ。緑間っちにこれらの食べ物の誘惑は通用しないらしい。
念のため二膳貰ってきた箸が無駄になってしまったが、冷める前にいただこうと一つだけ紙袋を破る。手始めにたこ焼きにぱくついた。うん、うまい。とろっとした生地のなかにタコの歯ごたえが絶妙な、ってかんじ。

「しっかしこうして緑間っちとごはん食べるのもかなり久しぶりッスねー」

二つ目のたこ焼きに息を吹き掛け少し冷ましながら、先程から打って変わらぬ無表情で林檎を舐め続ける男に話題をふる。
中学時代はよく緑間っち含めみんなで集まって、騒ぎながらお昼食べたりしてたんだけどな。緑間っちはあんまし騒がしいのが好きじゃなかったみたいだけど。

「こうしてると中学の頃思い出すッス。たしか、中二の時は皆でお祭り来たよね」

懐かしいな、あの頃は。中二って言ったら俺は入部もしたてだし他の皆より付き合いは短かったけれど。それでも、変わらないくらい楽しかった。

「ああ、あれか。あの時は紫原の相手が大変だったのだよ」

「あっそうか、奢らされてたんスよね」

忌々しそうに腕をくみ話す緑間っちに、つい笑ってしまう。こんなとこも相変わらずだな、高校でもこの様子なんだろうか。気難しくて、堅物で、でも変なとこで抜けててそんなとこがちょっと可愛くて、なんて。

「緑間っち、高校どうッスか?」

「は?」

「いやあ、楽しいのかなって。友達できたんスか?」

割り箸の先に刺したたこ焼きをかざすように、にやりと問いかける。緑間っちは少し考える素振りを見せた。
そういえば、こないだうちに観戦しにきたとき、リヤカー漕いでた子がいたっけ。あの子は緑間っちのオトモダチなのかね。なかなか面倒見が良さそうな、緑間っちはどう思ってんだろ。

「友達……というより、下僕ができたのだよ。チームも悪くはない」

へえ、手厳しい緑間っちにしてはかなりの高評価。
てか下僕って言ってもあれでしょ、つまりは側に誰か置いてるってこと。
しかし自分で聞いておいてなんだが、肩透かしを食らった気分だ。へえ、もうそんなに親しい相手ができたんだ。あの緑間っちがね、リヤカーの子なかなかやるな、ってか。

「……そうッスか。まあ良かったね、緑間っち!」

「なにがだ」

「えー?お友達できたんでしょ」

「あれは下僕なのだよ!」

またまた、素直じゃないんだから。あんたいい加減まわりにツンデレ認定されてることに気付け。逆効果だよ、それじゃあさ。

「ま、そういうことにしてあげよっか」

「なんなのだよさっきから!」

「へへっ。いやあ、緑間っちは緑間っちだなあって」

意味がわからないのだよ、と小首を傾げる男はとりあえず笑顔で誤魔化した。間抜けな面をするなって罵られたけど。

「だから、そんなとこも緑間っちなんスよ」

へんなアイテム集めてるのも、真面目でお堅いのも、それでも嫌いになれないのも。変わってるようで変わってなくて、変わってないようで変わっていく。
会ったときはすごく久々に感じたけれど、よく考えたらつい最近俺の学校にこの人は来ているわけで。ただ俺が勝手に距離感を測りかねているのだ。あの頃よりも開いた、けれど切り離すには俺のなかで彼はかなり大事な部分を構成しているようで、どうするべきか。

「黄瀬、御輿が来たのだよ」

「えっほんとッスか!?」

「笛の音がするだろう」

耳をすませば、たしかに微かな音楽が聞こえてきた。
ああたしかみんなでお御輿かつぐなんて話もあったっけ。中学の頃の、皆で行ったお祭りも。
身をよじり行列の姿を探す緑間っちは、やっぱり綺麗だ。なんて、口に出したら怒られるに決まってるけど。

「ねえ緑間っち、また一緒に来ようよ。今度は待ち合わせもしてさ」

過去の群像に溶けるように、彼は俺の記憶に根をはっていく。
高校の話、新しい仲間の話をする彼がどこか嬉しそうで誇らしげでも、いつか俺たちとの記憶が風化してしまうかもしれなくても。俺はもう彼のなかでは過去なんだろうな、って思うけどさ。
俺は今でもあんたを見てるよ。




ノスタルジア
(投げ捨てたい過去じゃない)
(もうあの場所へは帰れないけれど)




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