火神君の背中は広い。教室の自分の席に座って、ふとそんなことを考えた。
しっかりとした骨格に、それを覆う逞しい筋肉。
体格がいいとは言えない自分と比べて純粋にいいなあ、と思う気持ちもあるのだけれど、

(さすが火神君ですね、男らしいというか)

頼もしくて、好きだ。





火神君の一つ後ろのこの席からは、彼の様子がよく見える。授業中なのにこくりこくりと船をこいでいたり、お腹が空いたのかちらちらと弁当の袋に視線を送っていたり、早くバスケがしたいのか足が忙しなく揺れていたり。
目立つ外見のわりになかなかの授業態度である。それでもまあ、見ていて飽きないのも事実なのだけれど。

「うおっ!?」

お世辞にも姿勢がいいとは言えない、軽く机に突っ伏したかたちで丸まったその背中を指先でつっとなぞってみた。とたんにびくっとした反応が返ってきて、ああ、なかなか面白いかもしれない。ついでにその反応も、動物みたいで少し可愛いなんて思ってしまう。

「おい何すんだ黒子!」

「休み時間になったのに火神君がうとうとしていたので起こしてあげようと思ったんです。ほら、お昼ごはんを食べ損ねるのは嫌でしょう?」

そういうのは建前で、本当はただ構いたかっただけなのだけれど。しれっと答えると、火神君はあっさり黙った。うまく丸め込めたらしい。

「おう…そうだったな、悪い」

くしゃ、と僕の頭を火神君の手が覆った。火神君は普段はきりりとした眉を少し下げて、笑いながら僕を撫でる。
ああ、この手も僕のものより頼もしい。男としての悔しさも当然あるのだけれど、それでも僕は。
まったく、彼はずるいと思う。こちらが攻めたはずなのに、いつのまにやら形勢逆転だ。

(その表情、好きかもしれません)

やめてくださいと不満げに言ってみるけれど、がしがしと些か乱暴に撫でる掌も、僕は嫌いじゃない。





たとえば君が僕のパスを受けるとき。大好きなバスケに目は生き生きと輝いていて、けれど僕の手を見る目付きは真剣で、

(射抜かれそうというのは、こういうことを言うんでしょうね)

バッシュが床を擦る音や、ボールの弾む音が一瞬だけ意識の向こうに追いやられるくらいに。
力強い彼の目も、好きだ。





部活が終わり、いつもの店で向かい合う。火神君の前にはもうお馴染みのハンバーガーの山が鎮座していた。

「飽きないんですか?」

「ハンバーガーに?」

「はい」

「なんつーか、もう習慣みたいなもんかもな」

そう笑うと、また一つ包みをひらいてかぶりつく。
むしゃむしゃと音が聞こえてきそうなほど、美味しそうに食べる姿は、なるほど飽きることなどなさそうだ。

「つーか、お前のシェイクだって似たようなもんだろ」

「ああ、たしかにそうですね」

火神君の一口は大きいから、ハンバーガーはあっという間になくなってしまう。僕がシェイクを飲み終わるころには、山がほとんど崩されているのだ。

(火神君の食べるのが早いのか、僕が遅すぎるのか)

まあ、今はどちらでもいいか。
こうして君と共有する時間も、僕にとっては。







(結局は、君の全部が好き)





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