高緑で夏っぽいもの3つ。(メモログ含む)
※チャットでいただいたネタを使わせてもらいました。ありがとうございました!


(昼下がりの神社裏)

蝉の声ってどうしてこうも頭をゆさぶるのだろう。嫌いじゃない、けれど決して迎合できるようなもんじゃない。
チャリが壊れた。練習試合に向かう最中、試合会場まであと一歩の登り坂を終えた先の裏道みたいなところでガラス瓶の破片を轢いてあっけなく。まあ壊れたというよりはタイヤがパンクしただけなのだけれど。
お陰で荷台に乗っていた真ちゃんは、動かなくなった乗り物を見て難しい顔で立ち尽くしていた。快適な旅から一転、炎天下に放り出されたんだしな。夏の風物詩、蝉の声も今はただ嘲笑っているようにしか聞こえない。
普段は便利なこいつも、こうなってしまえばただの木偶の棒、かといってでかすぎるため捨て置くわけにもいかなかった。当然公道に放置ももっての他。仕方ないから二人で担いで(真ちゃんの方が高く持ち上がって軽く項垂れたのは内緒だ)、どこかひとまず置いておけそうな場所を探した。念のためかなり早めに出てきたから、練習試合は問題ない。
で、白羽の矢が立ったのがこの寂れた神社なわけだ。町外れで人通りも俺達くらいのもので、それにこの神社はどうやら常に神主さんがいるタイプではないらしい。小さなお社が木々に囲まれひっそりと息を潜めている。都会にしては随分な木の量だ。ああそうか、だから蝉がこんなにたくさん啼いていたのか。

「あ、自販機発見。汗かいたし涼んでかねえ?」

幸い日陰はたんまりとある。リヤカーは重かったし、少しくらい休んでも怒られはしないだろう。
真ちゃんも同じことを考えていたらしく、頷いて俺のあとに続いた。境内の隅に置かれた真っ赤な自販機が木の葉の隙間から漏れる光に照らされるのは、なんだかちぐはぐな気がして笑える。

「うひゃ、つめて」

「こんなに暑いのだから、そのほうがいいだろう」

「おっしゃる通り!」

二人並んで石段に腰を下ろして、缶のプルタブに爪をかけた。ぷしゅりと空気の抜ける音がして、つんとして甘い炭酸の香りが鼻腔をくすぐる。
缶に口をつけた真ちゃんが一息に中身を喉へ流し込む。そのさまを横目に俺も甘くはじけるそれを火照った体に流し込んだ。
真ちゃん、そういや今日はおしるこじゃないね。この炎天下で飲まれても困るけど。そんなことをぼんやり浮かべながら、もう一度彼の喉元を眺めた。
白い首筋をしたたる汗に情欲を掻き立てられるのは、まあいつものことだ。



(線香花火)

橙の実が弾けた。
本日のラッキーアイテム、線香花火。実にこの季節に適したものなのだよと呟けば、何がおかしいのか高尾は何時ものようにけらけらと笑った。

「ならやんなきゃ損だよなあ」

そうしてエナメルをまさぐる高尾が取り出したのは、虫除けのラベルが張られた淡いピンクのキャンドルとよく理科室で見かけるようなマッチ箱。キャンドルは家の戸棚から、マッチは仏壇から拝借してきたらしい。それを見せつけるように顔の前に掲げにやりと笑ったかと思うと、突然右腕が力強く引かれる。

「おい高尾」

「今朝のおは朝見たとき?どうせならやりてーなって思ったんだよね。真ちゃん絶対持ってくるし」

計画的犯行なのだよ、と笑う口元は心底楽しそうで、なにか反論する気持ちは不思議と沈められてしまった。そのまま荷物片手に部室を飛び出して、手を引かれるままに校門をくぐった。
近くの公園について、街灯もまばらな寂れた暗闇のなかに誰もいないのを確認、あそこがいいねと高尾が目星をつけた砂場にしゃがみこむ。キャンドルを地面に置いてマッチを擦り、やさしい炎に照らされて視界はじんわりと明るくなる。

「真ちゃん、花火ちょうだい」

「一本は残しておくのだよ」

「わかってるよ」

慣れた手つきでビニールの封を切って、ぱらぱらと線香花火が地面に落ちる。その様をじっと眺めていると、器用に一本だけ残された袋を渡された。これであと数時間の今日も大丈夫だろう。
それを鞄に仕舞う間に、高尾は早速ひとつ摘まんでキャンドルの上に翳した。しばらくするとぱちぱちという軽快な音がして、夏服の襟から覗く首筋とにいっと歪んだ口元を弾ける橙の光が照らし出す。

「綺麗だね」

「……そうだな。俺にも」

「ほい。あ、次どっちが長くやってられるか競争しようぜ」

競争、か。最後に残る玉をいつまで落とさずにいられるか。小さな頃にやったのを覚えている。
まるで子供みたいなのだよと漏らすと、なぜか高尾は微笑んで目を閉じた。俺らもまだ子供じゃん、高尾が口を動かした瞬間にぼとりと火の玉が落ちる。

「あちゃー、あんま長くなかったな」

なるほど、たしかにまだ子供かもしれない。けれど、

「じゃ、負けねえぞ真ちゃん!」

「望むところだ」

閉じた瞼の裏で輝くオレンジを思い浮かべながら、細い糸にそっと火をつけた。ほんの一瞬だけ、そうしてはにかむ高尾にどくりと心臓が跳ねたことは言わないでおこう。



(夜の海)

波の狭間に、消えてしまうかと思った。
ざあざあと打ち付ける夜の海はまるで魔物のように彼の足を飲み込んでいる、ように思えた。淡い月明かりと街頭の安い光とが混ざりあい水面を照らし、その中をひとかけらの躊躇いもなく彼は進んでいく。
引き返さないのだろうか。それ以上は危ない、もう帰ろう。そう呼び止めようとしたけれど、やけに渇いた喉からはなにも絞り出すことができなかった。
魅了されていたのだ。それほどまでに、あいつはうつくしく水面に映えていた。気が遠くなるほど大きくて深い藍色に、それはそれはちいさな深緑が咲いていた。ばち、と街頭で虫が焼け焦げて落ちる音すらも掻き消すような波の狭間で、

「っ!」

あ。ぐらり、大きく身体が傾いたかと思うと、ひどくあっけない水飛沫が宙へ舞った。考えるよりも先に俺の足は砂浜を蹴っていた。ざぶざぶと進む水の中はいやに歩みが遅く感じられて嫌だ。くそ、進めよ、はやく、前に。あいつのところに。
けれど辿り着くより先に、水の織り成す深い深い藍からゆらりとあいつは立ち上がった。たかお、と此方を見て驚いたようにうごく唇に安堵して、どういうわけか俺も足をもつれさせてしまったのだ。
ざばん、今度は予想より大きく飛沫を上げて、自分の身体が前のめりに塩水へと沈んでいく。うえ、しょっぱい。鼻から直に塩水を吸い込んで、固くつむった瞼の裏までじんわりと熱くなる。
ぶくぶくと上がるあぶくが頬を掠めて、そこでようやく理解した。と、同時に腕を強く引っ張られて、勢いのまま海面に引き戻される。
肺いっぱいに吸い込んだ冷たい空気が心地よかった。

「……高尾」

「っしんちゃ、」

「馬鹿め、お前までずぶ濡れだ」

目を開いた瞬間に飛び込んできたのは、鋭く染みる塩分。それと、馬鹿だと揶揄するわりにはくすりと綻んだ真ちゃんの唇。悪戯っぽいそれに思わずくらりと目眩がした。
真ちゃんの腰までの高さ、つまりは俺の腹までの深さの水に包まれながら徐に身体を投げ出す。張り付いたシャツにまわした腕に持てる限りの力を込める。
ごめん、やっぱり俺には放っておけない。頭を埋めた肩口からは、仄かな磯の香りとなにが理由なのかもうわからないしょっぱさが鼻を突き刺している。
ぐしょぐしょになった緑の髪が張り付いた額をゆっくりと撫でた。お前は笑うけれど、たぶんこれはどうしようもない嫉妬なのだ。海なんかにやってたまるか、馬鹿野郎。






(遠い景色の片隅に)




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大人になった二人がいつかの夏を思い出して、一緒に目を細めていてほしいです。





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