※同棲してる数年後設定/医者緑間さん



やっぱさ、結局はあいつだって人間なわけじゃん。実際強いのは身をもって知っているけれど、あいつの場合は強がりも度を超していると思う。それで散々虚勢を張った後、 誰にも見えないところで泣くんだよな。誰にも、それには俺も含まれている。
なら何で俺がそのことを知ってるかって?そりゃあもちろん、愛の力ってやつ?なんてな、さすがに冗談だ。
正直自分でもよくわかんねえ。ほんと、いつのまにか隣にいるのが当たり前になってたし。やっぱりいつのまにか、あいつのことを理解できるようになってきている気がする。ただの驕りかもしれないけれど、何年あいつを追いかけてきたと思ってんだ。
これは俺の勝手な推測だけれど、あいつも心のどこかでは誰かに気づいてもらいたと思ってるんじゃないのかね。本人が自覚しているかどうかは別として。
だってさ、こんな近くに俺がいるんだぜ?当てにするのも当然だと思うんだけど。なあ、真ちゃん。

「よっ、お疲れ」

「……高尾」

「おいおい、三日ぶりだぜ?せっかく迎えに来てやったんだからもうちょい嬉しそうな顔しろよ」

薄暗い路地を曲がると、ちかちか年期の入った街灯に照らされた緑の頭と鉢合わせた。うん、計算通り。予定より帰りが遅いのでこいつの勤める病院にさっき電話したら、出たばっかりだって事務のおばさんに告げられて飛び出してきたのだ。
だというのにこの男は。俺を見たって仏頂面を弛めようともしない。まあ大体予想通り、ってとこだけど。

「たっくよー、これでも遅くて心配したんだぜ?」

「……そうか。すまなかったのだよ」

心配したってのは本当だ。もう夜というより深夜だし、何かの事件に巻き込まれる可能性もなきにしもあらずだし。
結局、その心配は無駄になったわけなのだが。素直にぽつりと呟く真ちゃんに、ああやっぱりな、と内心複雑な気持ちになった。お前は隠してるつもりだろうけど、目、赤くなってる。

「……なあ真ちゃん」

「何だ」

「泣いてもどうせ俺しか見てねえよ?」

「……なんのことだ」

あーあ、ごまかしちゃって。俺の目を舐めるな。現役はとっくに引退してても、他人よりずっといいことに変わりはないのだから。
大方仕事でなにかあったんだろう。三日も家を空けてこんな様子で帰ってきたってんなら、自ずと予想がつくけれど。自分に厳しくて責任感の強いこいつのことだから、自分の力ではどうにもならないことが歯痒くて仕方がないんだろうな。

「俺が気づかないわけないっしょ?何年一緒にいると思ってんだよ」

だからさ、思うわけよ。こいつに厳しくするのが自分自身なら、たまには甘やかしてやるのは俺の仕事だ。
強がりなのも相変わらずで、悲しみをいなすのがとんでもなく下手くそなお前を。こんなところまで不器用なんだよな。

「っ……」

「ほら、なんなら顔は見ねえからさ」

立ち尽くす真ちゃんに一歩近づいて優しく肩を叩いてやる。そのまま頬を撫でてやると、真ちゃんはくしゃりと顔を歪め俺の肩口にもたれかかってきた。指先に掠めた頬が微かに濡れていたのは、つまりそういうことなのだろう。
二人とも声は出さなかった。路地は静寂に包まれる。時折耳元で聞こえる鼻をすする音がすうっと鼓膜に染み込んできて、なんだか俺まで泣きたくなってきた。

「……お前ってほんと、不器用だよな」

「……」

返事は返ってこなかったけれど、うるさいのだよと言いたげに肩に頭がぐりぐり擦り付けられる。
あー、真ちゃんあったけえ。やっぱこいつも人間なんだよな。てか真ちゃんの泣き顔エロい。いくら人通りが皆無とは言え野外だってことを忘れて、キスしたい、むしろ押し倒しちゃいたい。俺の腕のなかでぐずぐずになって、全部忘れちゃうくらいに気持ちよくしてやりたい。
なんて、どうでもいい不謹慎なことが頭のなかをぐるぐる回る。やだ俺ってば煩悩の塊ね。
でもそうすることで、こいつの抱えてるなにかが少しくらい軽くなってはくれないだろうか。もし口に出したら都合が良すぎるのだよって笑われるかな。ああ、それでもいい。こいつを笑わせることができたなら、それはそれで成功なのだから。






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一度はやりたかった王道医者緑間話でした。二人にはいつまでも支えあっていてほしいです。




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