あまりに突然の土砂降りだった。学校を出た頃は薄い灰色だった空も今は一面に黒をたたえ、時折殴るような風を交えながらごろごろと煩く鳴いている。傘を持ち合わせていなかった上に自転車の俺達は、見事に濡れ鼠となってしまった。風邪をひいてしまっては堪らないと必死になってペダルを漕いだ。やっとのことで辿り着いた第一の目的地である真ちゃんの家に勢いよく雪崩れ込んで、そんでもって、今に至る。



「真ちゃんもうちょい詰めて」

「無理に入ろうとするな」

「ちょっ寒いんだから入れてよ!」

半ば無理矢理真ちゃんを奥へと押しやって浴槽へと体を沈める。沸かしたてで熱いくらいのお湯がかえって心地よく、雨のせいで冷えきった身体中に染み渡った。
俺が入ってきたぶんのお湯が音を立てて盛大に溢れだす。肩まで湯船に浸り、ふう、と蒸気の混じった息を吐いた。

「あー生き返るー」

「おやじくさいのだよ高尾」

「えー、でもまじ気持ちいいじゃん」

全身の緊張が一気にほどかれて、声にどうも覇気がこもらない。何と言われようが、この安らぎには敵わずまともに反論の言葉も出てこなかった。

「…せまいのだよ」

「そりゃそうだろ、でかい高校生が二人も入ってんだから」

玄関を潜るなり緑間母に見つかって風呂場へと放り込まれたのだが、さすがに男子高校生が二人同時に入るには日本の一般的な浴槽は狭かった。現に俺達はぎゅうぎゅうに押し込まれているといってもいいほどだ。しかし晩秋の外気にずぶ濡れのまま晒されるのは耐え難いので、結果こうならざるを得ないのである。

「…しっかし真ちゃん、やっぱ色白だよな」

脈絡もなくぽつりと感じたままを呟いた。二人だけの浴室、目に入るのはお互いだけなのだから仕方がないと心の中で言い訳をして、じいっ、と露になった真ちゃんの首筋へと視線を落としながら。いつも体育館で遅くまで練習に励んでいるエース様の肌が強い日差しの元に晒されることはめったになく、そのお陰で真ちゃんはまったく日に焼けていない。うん、すごく綺麗だ。さすが真ちゃん。
つい魔がさしてお湯から手を出して首筋へ優しく指先を滑らせると、触れたところが分かりやすくびくんと跳ねた。

「っ!なにをするのだよ!」

うわ、可愛い反応煽ってるとしか思えない。なにって、ねえ。俺と真ちゃんは所謂恋人同士なわけだし?一緒にお風呂に入るなんていうシチュエーションでなにも感じないわけないじゃん。合宿とかとは違って二人きり。ここが重要。
まああれだ。つまり俺は今少なからず真ちゃんによからぬ感情を抱いてしまっているわけで。男は皆狼なのよ、なんてな。同じ男の体になに言ってんだと思われるかもしれないが、相手はあの真ちゃんなんだぜ、仕方ないよね。

「えーいいじゃんか」

「よくないのだよ!その手を退けろ!」

思いっきり手を払われて、その弾みで跳ねたお湯がばしゃんと俺の顔を襲う。慌てて目に入った水を拭いとると、体を強ばらせ真っ赤になった真ちゃんと目が合った。まあ真ちゃんの視力じゃ俺を満足に捉えてられてないだろうけど。

「照れんなって。んなこと言って嫌じゃないっしょ?」

やばい、耳まで染めた真ちゃんの破壊力は異常だ。まともに焦点が合わずに泳いでいる視線もまたしかり。
でもその反応、つまりは満更でもないってことでしょ?だってほんとに嫌だったら、頭ひっつかまれて湯船に沈められるくらいはされるはず。真ちゃんならやりかねない。

「そんなわけっ…おいやめろ!」

払われた手を再び伸ばして、今度は鎖骨のあたりを緩くなぞる。またびくってなった。

「だって真ちゃんかわいいんだもん」

ね?と下から綺麗な顔を覗き込んで、首をかしげて同意を求める。もっとも俺の様子なんて見えていないだろうけど、たぶん雰囲気くらいは伝わっているはず。
いちおう断っておくけれど、俺は別に真ちゃんを押さえ込んだりしていない。ただ向き合って軽く触れているだけ。逃げようと思えばいくらでも逃げられるスペースはあるし、そもそも俺と真ちゃんの体格差を考えれば無理矢理拒否することだって余裕だ。てことはつまり、ねえ、真ちゃん。

「…お前はずるいのだよ」

逸らした真っ赤な顔をさらに赤く染めて、真ちゃんが片手で口元を覆いぼそりと呟いた。触れた指先から鼓動がせわしなく伝わってくる。ほら、やっぱりな。
自分でも口元が緩むのがわかる。まったく、ほんとにこいつは素直じゃない。まあそんなとこも愛しくて、それを分かってからかってる俺も大概なのだけれど。

「ああもうまじ可愛い!」

その言葉は同意とみなすことにしよう。手を滑らせ色づいた頬に当て、軽く音を立てて真ちゃんの唇を啄んだ。突然の行動に驚き見開かれた緑に俺をしっかりとを映す。この距離ならいくらなんでも見えるよね、と目元に三日月を描けば、恥ずかしくなったのか目の前の目蓋が固く閉ざされた。長いまつげがぷるぷる震えている。数度軽くくっつけたり離したりを繰り返した後一度顔を離すと、舌は入れてないのに軽く息の上がった真ちゃんがゆっくりと目を開いた。

「っ…高尾、」

「あれ、ものたりなかった?でもここお前んちの風呂なわけだし、続きは後で部屋行ったときな!」

「っ馬鹿なことを言うな!上がったらとっとと帰るのだよ!」

十人中十人が間抜け面だと答えるようなにやにや緩みきった表情で口を開くと、またお湯をぶっかけられた。でもそれも照れ隠しだってわかってるから、不快感は襲ってこない。

「またそんなこと言ってー」

「もうお前は黙るのだよ!」

ぷいっとその図体にそぐわないような可愛らしい仕草でそっぽをむかれた。まあ真ちゃんだからどんな仕草したって可愛いんだけどな。
あーあ、拗ねちゃったかな。真ちゃんてば純情だから、ちょっとおふざけが過ぎたかもしれない。

「拗ねんなって!ごめんからかいすぎたな」

「…」

「お詫びに背中流してあげるからさ」

「…」

「明日おしるこ奢るのもつけるから!」

「…今回だけは、それで許してやるのだよ」

ちらと横目で俺を見ながら、とうとう真ちゃんが折れた。
お許しを得たのを良いことに、お湯のなかで無防備に投げ出されていた手と俺の手を繋ぎあわせる。また一瞬触れたところが強張ったけれど、暫く戸惑うようにぴくぴく蠢いた後慎重に握り返された。

「ありがと真ちゃん。あ、ついでに体も洗ってやるよ!」

「やっぱお前は帰るのだよ!」

調子にのるな、と軽く頭を殴られた。ばかになったらどうすんのさ。でも手加減無しの全力じゃないだけ、ちょっとは真ちゃんも俺を大切にしてくれていると解釈するとしよう。つくづく俺も真ちゃんには甘い。
とりあえずは、目の前で真っ赤な顔を背けたこの恋人の可愛さに耐えることを頑張らないと。最初からだいぶやばかったけど、そろそろ限界近いかも。
しかし、こんなふうに真ちゃんとお風呂に入れたのも嵐の恩恵なのかね。だとしたら、不謹慎だけどこんな最悪な天気だってたまには悪くないのかもしれない。




あらしのよるに




相変わらずの荒れ狂った天候に緑間母が高尾君今日は泊まっていきなさいと言いにきて、俺が有り難く申し出を受け真ちゃんが硬直するのはそれから数十秒後の話。
今日だけは嵐に感謝!









真ちゃん厨の高尾がもう好きすぎて。高緑万歳!




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