まったく、実に馬鹿だと思う。てかやっぱ、どこにでもいるんだなこういうの。先輩たち、そりゃ逆恨みってもんでしょう。
日直だったからって、真ちゃんを先に行かせた俺が馬鹿だったのかもしれない。急いで着替えて体育館に出ても、とっくに練習を始めているはずの真ちゃんの姿はなくて。宮地先輩に緑間を探してこいって言われると同時に体育館を飛び出した俺が目にしたのは、よくやるよと感じる程のべったべたな光景だった。

「……いいかげんにしてくれませんか」

体育館の脇の体育倉庫を横切ったとき、俺の耳は聞き慣れた声を捉えた。薄暗く奥まったそこは部活開始後のこの時間帯の人通りなど皆無で、俺も真ちゃんを探してさえいなければ通ることなど決してなかったに違いない。
低められた静かな声。間違いない、真ちゃんの声だ。立て付けの悪い扉の隙間から倉庫の中を覗くと、奥の方に緑色の人影。そして、それを取り囲むように、数人分の人影が立っていた。

「黙れよ。お前が入部したせいで俺らはなぁ」

あらら、穏やかじゃないな。息を潜めてそっと窺っていると、たしかバスケ部の二年の先輩だとおぼしき男たちのうちの一人が、がんっと近くのボールかごを蹴飛ばした。

「お前の人を見下すような態度、まじ腹立つんだけど」

見下す、ねえ。まあたしかに、真ちゃんは大抵上からの高圧的な態度をとるけれど。
でもね、先輩方。それはあんたらが人事を尽くしていないからなのだよ、なんてな。客観的にも、大事な練習用具を蹴飛ばすような人なんて、同じ選手だと思うのも嫌になるってもんでしょう。それにそれって、自分たちが試合に出れないことの八つ当たりだろ?

「意味がわかりません。もう練習が始まります、離してください」

「ってめっ!調子のってんじゃねえよ!」

男の一人が真ちゃんの腕を掴む。真ちゃんは不快そうに綺麗な顔を歪めると、小さく下衆が、と呟いた。
あーあ、先輩たちいいのかなそんなことして。この場を目撃しておいてなんで俺がなにもしないかと言えば、決まってる。
真ちゃんが、あんなやつらに負けるなんて万が一にもあり得ないからだ。見たところ丸腰だし、さすがにまだ昼間の校内で暴力沙汰に及ぶほどの馬鹿などいない。ようは、暗闇のなかで先輩たちに囲まれる、という普通なら恐怖ですくんでしまうようなシチュエーションで牽制しようって魂胆だろう。
でもそれ、天上天下唯我独尊のうちのエースに通用すると思ってんの?効くわけないじゃん、だって真ちゃんレギュラーの先輩たちにすらあの態度だぜ?そんなにすぐ屈服するような珠だったら、宮地さんや木村さんが軽トラの話することなんてない。
そんな先輩たちに比べてもひょろっちいあんたらなんて論外だろ。数の暴力狙ってんのかもだけど、真ちゃん相手じゃなあ。
不愉快だと言うように腕を振り払う真ちゃんに、やっぱりなと笑う。お前らじゃかないっこねえよ。気高いエース様に触る資格すらない。でもそろそろ時間もまずいし、俺も参戦と行きますか。こいつらみたいなのが真ちゃんに触れるなんて、ちょっと、いや、かなり腹立たしいしね。

「ねえ先輩方、なーにやってんすか?」

ジャージのポケットから携帯を取り出して、ぱしゃり、と響くシャッター音。カメラの安っぽいフラッシュにおもしろいくらいびくりと過剰に反応した先輩たちは、慌てた様子で俺の方に振り返る。

「お待たせ真ちゃん、高尾くんの参上でっす」

「……やっと来たか、待ちくたびれたのだよ」

にやり、真ちゃんの唇が薄く弧を描いた。なんだよ、その口ぶり。まるで俺が来るのが当然みたいな、なにそれ俺超信頼されてんじゃね?ったく、嬉しいもんだぜ。
予期せぬ俺の来訪に慌てふためく男たちを尻目に、真ちゃんは俺に近付いてくる。此方からも歩み寄って、先程まで無遠慮に掴まれていた腕に触れた。

「一応聞くけど、大丈夫だった?」

「当然なのだよ。俺がこの程度の輩相手に何かあるとでも思うのか」

「まっさかあ。さすが真ちゃん、ってとこかな。ま、穏便に済ませてくれたみたいで安心だわ」

じゃ、今度は俺の番だね。携帯を真ちゃんに手渡して、倉庫の奥、男たちがたむろしているなかへ進んでいく。

「っ何だよお前!」

「んー、真ちゃんのヒーロー、ってとこですかね」

「は、」

できる限りの握力を全開にして、リーダー格と思われる男の腕を掴む。ああ、きったない手。真ちゃんの手入れされた繊細な手とは比べ物にならないほど、無骨でかさついた男の手。この手で真ちゃんに触れただなんて、烏滸がましいにも程がある。何よりもっと個人的な理由で、すごく不愉快だ。

「先輩、悪いことは言わねえよ。さっきの写真ばらされたくなかったら、とっとと失せな」

あーあ、俺ってばがら悪い。完全に脅し文句じゃん、しかも敬語忘れてるし。ま、敬意を払うような相手じゃないからいっか。
それでも先輩たちには効果覿面だったらしい。もとがそんなに度胸のないやつらだったのか、覚えてろよと負け犬の決め台詞を吐き出して、群れになったままどこかへ消えていった。後輩相手に情けない。

「はーすっきりした。んじゃ行こっか」

もうあいつらが真ちゃんに絡むこともないだろう。振り返れば、彼も満足そうな顔でラッキーアイテムのどこかの民族人形を撫でていた。









「てか真ちゃん、俺が来るって信じてたの?」

体育館へ並んで戻る道すがら、ふとさっきのことを思い出して話を振ってみる。

「……お前は、俺に何かあるといつも来るだろう」

「おー、俺ってば信頼されてるねえ!ま、その通りだけど」

「ふん、一応感謝しておくのだよ。あの場から抜け出すのは、なかなか大変そうだったからな」

眼鏡を押し上げるのは、真ちゃんの照れ隠しだ。まったく、感謝ひとつでこれなんだから。強いくせにほんと可愛い奴だよ、真ちゃんは。

「俺かっこよかったっしょ?真ちゃんのピンチに颯爽と現れるヒーロー、みたいな!」

「少し締まりがないがな。ただもう少し早く来ていたら、完璧だったのだよ」

顔を逸らしながら、吐き捨てるように言われた。へえ、かっこよかったは否定しないんだ。ま、なんてったって俺は真ちゃんのヒーローだし!
でもね真ちゃん、あんまり早く来すぎたら俺を見くびるなって怒るでしょ?わざと遅く参上するのは、ヒロインのことを信頼してるからなわけ。それは真ちゃんも気づいてんだろうけど。

「なあ真ちゃん、ヒーローは遅れてやってくるもんだろ?」








あいあむゆあひーろー



お互いに信頼しあってるかっこいい高緑を目指して惨敗した結果。




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