※R15 真ちゃんの視力ネタ 眼鏡を取り去られると、世界は一気に狭くなった。今の今まですぐ近くにいた、いや、今でも手を伸ばせばすぐに触れられるような位置にいる高尾さえももやがかかったように明瞭さを失う。そっと撫でられた頬に伝わる熱だけが、現在の俺にとって唯一すがれるものだ。 「真ちゃん、眼鏡してないのもいいな。すげー綺麗」 耳元に吐息が触れる。低められた声が鼓膜を擽って、ぴりぴりと甘い痺れが背筋を駆けた。 視界は頼りなく他の感覚を必死に働かせている今、その声は身体の芯まで染み込んでいく。 「……おい、返すのだよ」 眠くなるような、不安になるような、覚束ない感覚。まるで目隠しをされているみたいだ。自身の視力の悪さに心底辟易するが、これは半ば生まれつきのようなものなので仕方がない。 全ては、高尾が持っているはずの俺の眼鏡さえあればどうにでもなるのだが。あいにく床に組敷かれた俺は、どうすることもできなかった。 「どうしよっかな。つうか真ちゃん、抵抗しねえの?」 「……何も見えないのだよ。闇雲に手を振り回して、怪我でもしたらどうする」 きっと高尾はにやにやした笑みを浮かべているに違いない。普段なら殴ってやるところを、何も見えない状態で暴れたら高尾の部屋を壊しかねないし腕を怪我したりしたら洒落にならない。 「それって真ちゃんが?俺が?」 「……どちらもだ。万が一部活に響いたらどうする」 「へえ、さすが真ちゃん。この状況で俺の心配までしてくれんの。てか今のデレ?」 もう惚れちゃうだろまあもうべた惚れだけど、と茶化すような本気のようなよくわからない声音で話す高尾を睨み付ける。わけのわからないことをぬかすな、馬鹿め。 「そういうことではないのだよ!ただ部活に支障をきたしたら先輩たちに申し訳ないと」 「はいはい、わかってるよ真ちゃん。睨むなって、落ち着こうぜ?」 反応する間もなく、唇を塞がれ反論は途中で途切れる。あ、高尾と目が合った。限界まで近づいて、ようやく瞳の色まではっきりと映る。ぎらりと光るそれは、獲物を捕らえた獣のよう。 「っは…」 「……なあ真ちゃん、それわざと?」 高尾の口端からこぼれた唾液が首筋に垂れる。口内を貪られた余韻と肌の上を流れていく生温い感触に、思考が浮わついて溶かされてゆく。見えない、というのがそのよくわからない、変な気分を助長しているように思えた。不安、なのだろうか。 なんでもない、いつものように高尾の部屋に招かれて、くだらない話をして、自然とそういう空気になって床に押し倒されて、そこに高尾が覆い被さってきて。けれどもなぜか、高尾に突然眼鏡を奪われた。いつものように優しく頬を撫でる手に油断していたのだ。 一体こんなことをして何になるのやら。高尾の思惑とそれに基づく行動は、掴みづらくて読みづらいから困る。 「わざと?」 「そ。どうなの、ちがうの?」 「何のことだ」 質問の答えは返ってこない。しかし、代わりにふ、と首元が楽になった。シャツの締め付けがなくなって、ということはつまりそういうことで。 あーもう、と呟きながら早急にシャツのボタンを外していく高尾からは、珍しく余裕が感じられない。なんなんだ、まったく。わけがわからないのはこちらの方だ。 せめてもの抗議に身を軽く捩るが、生憎何の効果もなかったらしい。そうこうしているうちに胸元に空気が流れてきて、間髪置かずに骨ばった手がシャツを押し退けて滑り込んでくる。 「あー、ったく、全部無意識ってわけね」 「ひぅっ……や、高尾、なんなの、だよ、っん」 「……はあ、まじやばいって真ちゃんさ。自分の手、なにしてんのかわかってないっしょ」 胸の飾りを指の腹で弄られて、情けない声が漏れる。見えないぶん動きが予測できずに、いきなりの刺激に腰のあたりがずくりと疼いた。高尾の呼吸はどこか荒くて、なんとなく、今にも喰らいついてきそうだと思った。 「やっ、たか、なんっ」 「だから真ちゃんの手だってば!ほら、ここ!」 痺れを切らした高尾に手首を捕まれる。促されるままに意識を自らの手に向けると、自分が何をしていたのか悟ると同時に全身の血液が一気に顔に集まった。 「違う、これは、」 「服のはしっこ掴んで離さないとか、誘ってるふうにしか見えないっての。真ちゃん、これって見えないと不安だったりするからなの?」 「そんなこと、」 「ね、真ちゃん、正直に言ってよ」 ぬる、と胸元に舌が這う。指で弄ばれ解されたそこに舌先が触れれば、頭は電流が走ったように回らなくなる。 正直に、と言われても、仕方がないだろう。俺の指先は、手首の拘束を振り払い無意識のうちに再び高尾の服を摘まんでいた。言われてみれば、たしかに不安からのもの、なのかもしれない。 「……わからない。けれど高尾に触れていると安心できる、ような気がする、のだよ」 「っ、たく、真ちゃんまじ俺煽るの上手いよな」 「ぅあっ、ちょ、やめっ、」 高尾の手が腰にまわされ、慣れた手つきでベルトに手をかけられる。空いた片方の手は脇腹をまさぐって、背筋がまたぞくりと粟立った。 煽る、誰がだ。そんなつもりは毛頭ないのだが。しかしまあ、ここまで切羽詰まった高尾の声を聞く機会も滅多にないので悪くはない、かもしれない。 ああ、今こいつはどんな顔をしているのだろう。見えないというのは、本当にもどかしい。高尾がここにいるという確信さえ、向こうから声や体温を与えられることでしか持てないのだから。 「高尾」 「ん、なに、」 「……なんでもないのだよ」 不安や恐怖を全てなすりつけるように、暖かい背中に腕を回した。 ちょっとしたいたずらだったのに真ちゃんのせいで歯止めが効かなくなった高尾さん prev next |