『好きな人いんの?』

メール作成、宛先は我が愛しの相棒様。時計の針はちょうど夜の八時を指していて、この時間なら返信してもらえるはず、たぶん。
ありきたりすぎる文面に、くだらない、って一蹴されるかね。あいつはこういうことに本気で興味がなさそうだから。

『それは、恋愛についてか?』

ブブブ、と律儀に震動を繰り返すマナーモードにしたままだった機械をつつく。メールボックスの一番上の返信を示す印がついた手紙を開くと、予想の斜め上を行く返答に若干戸惑った。
ちゃんと文脈の通った返信が来たことに喜ぶべきなのか。そもそも相手が相手だから仕方ないのか。真ちゃんがこういう奴だということはわかっていたはず。しかしね、真ちゃん、わざわざ聞く好きってのは普通そっちを連想するでしょう。

『決まってんじゃん。で、真ちゃんの好きな人ってどんなひと?』

かつんと指先と液晶がぶつかる無機質な音とともに、俺からの二通目が電波になる。もう届いただろうな。はてさて、あいつはどんな反応を見せてくれるのか。

『くだらない。なぜお前がそんなことを聞く』

予想通りすぎて軽く笑ってしまう。いかにも真ちゃんな解答だ。でぃすいず緑間真太郎、テンプレすぎてやっぱ笑える。
くだらない、ねえ。俺にとってはシカツモンダイなのですけれど、真ちゃんは理解してるのだろうか。
面と向かってする会話とは異なって、画面越しではあいつの顔なんてわからない。けど、たぶん眉間にいつもいじょうに深く皺を寄せた真ちゃんが頭にそりゃあもうごく自然に浮かんできた。

『くだらなくなんかありませんー。エース様のご寵愛を賜っている幸せ者の話を相棒として知っときたいんですー』

わざとおちゃらけた文面に媚びるようなウサギの絵文字を載せて、送信。ぶっちゃけ敬語が正しいかすらわからない。俺は男らしく理系です。最近は文系男も多いらしいけれども。

『わざわざメールで話すようなことでもないだろう』

『メールで親睦を深めるなんて常識よ?真ちゃん』

『くだらないのだよ。そんなにお前が親睦とやらを深めたいのなら、お前の好きな相手のことでも勝手に話せばいいのだよ』

そうきますか真ちゃん。こんな態度でも返信をやめないってところに愛を感じちゃうね。ならお望み通り、高尾ちゃんののろけ話を聞かせてあげようじゃないの。
ごろりとだらしなくベッドに横たわる。仰向けのまま画面を眺める俺は、さぞかし悪戯な表情をしていたことだろう。

『俺の好きな奴はね、すっっっごく可愛いんだぜ!真面目で努力家で、純粋な美人さん。素直じゃないこともしょっちゅうで俺泣きたくなるけど、たまに甘えてくれたりとか、笑ってくれたりとかするとすげーきゅんきゅんする。ちょっと変わり者だけど、それも含めて最高の奴だよ』

さてさて、返信は来るだろうか。我ながら盛大なのろけっぷりだ。ハートの絵文字もたっぷりと。学校で誰かに話そうものなら、大ブーイングかガン無視の二択に決まってる。

『そうか』

たった三文字ですか真ちゃん!思わず突っ込みを入れそうになる。俺けっこう頑張って打ったんだけれども。

『ひどっ!なあ、俺が話したんだから真ちゃんも教えてよー』

それでもめげずに多少強引なリベンジをかます。でもとりあえず俺のことは全部話したんだから、真ちゃんも俺に話すのが筋ってもんでしょう。
時計の秒針が余裕で十五周ばかり回っていく。今までのペースを断ち切るように、一向に返信はこない。
どうしても俺には教えてくれないつもりかね。そうだとしたら若干ヘコむ。
と、いきなり携帯が震えだした。ブーブー煩く喚くのを黙らせて、暗くなったままの画面を覗く。新着メール、緑間真太郎。

『しかたないから、教えてやらないこともないのだよ。俺の好きな人、というのは、良くできた奴だ。普段はただの馬鹿にしか見えないが、やるべきことには真面目だし、たまにぞっとするくらい真摯な姿勢で挑んでいるのだよ。馬鹿みたいに俺に構うところも、喧しくよくしゃべるところも、射るような鋭い視線も、気づけばいつも隣にいるところも、別に嫌いではない』

……やっべ、にやにやが止まらない。家族が今部屋に来たら確実に俺終了のお知らせだ。だってねえ、真ちゃん、確信犯なんだろう?

『幸せもんだねえ、真ちゃんにこんなに愛されてる奴は!羨ましいぜ!』

『くだらないのだよ。……それを言うなら、お前に愛されてる奴も、とんだ幸せ者だろう』

くだらない、ね。当然だ。だって真ちゃんに好きな人がいることくらい最初から知ってたもん。相手が誰だとか、そいつと付き合ってることとか、全部全部。
だって、真ちゃんが好きなのは俺で、俺が好きなのは真ちゃんなんだから。まったく、本当にくだらないのだよ、こんなやりとりなんて。
今真ちゃんの隣にいない自分が憎い。真ちゃんにも気づけば隣にいるって評されたのに、情けない。
あいつは今どんな表情をしているんだろう。目を伏せながら、僅かに頬を紅潮させている様子が目に浮かんぶ。もし隣にいるのなら、その肩をいますぐ抱き締めてあげるのに。







幸福者は語る

地の文からふざけてる高緑




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