がたごと、がたごと、ペダルを踏み込むたびに自転車の荷台にくくりつけられた箱が揺れる。坂道の上に見える空はもう真っ黒に塗り潰されていて、夜の帳のなかに僅かな月の光が見え隠れしていた。
無機質な街灯が照らす道を、それでもきいきい音をたてながらペダルを漕いだ。これはもはや俺の習慣で、後ろで座る男にとってもまた同じこと。この道だって、 もう何度往復したかわからない。

「真ちゃーん、今何時ー?」

夜風が頬を撫で、もうすぐ春だというのに開いた口からは白い煙が漏れた。ちりちりと空気の掠る痛みに、あーあ、マフラーまだ片付けるんじゃなかったかな、と密かに嘆く。
時間なんて、正直どうでもよかった。学校を出たときの時間くらい覚えているから、だいたいいつ頃かなんてわかる。

「七時十二分なのだよ」

「へーい、ありがとなー」

けらけらと笑いながら軽く振り返ると、危ないから前を向けと怒られた。そこからはまた、無言。風の凪ぐ音と、タイヤが砂利を弾く音が世界を満たす。
この会話に意味はない。けれど、ただ俺は会話が欲しかった。なんとなく、揺れる道のなかでこいつを落としてしまったらどうしようかと、ありもしないことに不安を抱いたのだ。
坂道は長い。慣れたこととはいえ、足はすでに疲労を訴えている。そして、ここを登り終えたらすぐに真ちゃんとはさよならだ。
下から眺めていると、上り坂の終わりには夜空が広がるだけで、地面と空の境界線は酷く曖昧だった。
もうすぐ一年が終わる。気付けば俺はいつも真ちゃんの隣にいて、笑って、悔しい思いもして、時には怒って、でも楽しくて。
だんだんと斜面は終わりに近づいてゆく。あの境界線を越えたさきのさよならは、今はまだ、またねになる。でもいつか、取り返しのつかないさよならになることを知らないほど俺は馬鹿じゃない。

「あーあ、真ちゃん誘拐してえ」

ぽつりと呟けば、なにを馬鹿なことを言っている、と冷静に返された。その声にだよなー、と苦笑する。

「ごめん、忘れて」

境界なんてほんとはなくて、そのまま空に飛んでいけるならどんなによかっただろう。後ろに彼を乗せたまま、連れ去ってしまえたのなら。
こんな乗り物じゃ空は飛べるはずもないし、飛べたところでどこへ行くもないのだけれど。空を飛べたらなんて今時小学生でも考えないような馬鹿なことを、俺は夢見てしまうのだ。






夜明けを夢見る子ども





(永遠に二人でいたいだなんて、言える勇気はまだ無いんだ)




たぶん高尾の片想い




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