(高緑in夜の海)

波の狭間に、消えてしまうかと思った。
ざあざあと打ち付ける夜の海はまるで魔物のように彼の足を飲み込んでいる、ように思えた。淡い月明かりと街頭の安い光とが混ざりあい水面を照らし、その中をひとかけらの躊躇いもなく彼は進んでいく。
引き返さないのだろうか。それ以上は危ない、もう帰ろう。そう呼び止めようとしたけれど、やけに渇いた喉からはなにも絞り出すことができなかった。
魅了されていたのだ。それほどまでに、あいつはうつくしく水面に映えていた。気が遠くなるほど大きくて深い藍色に、それはそれはちいさな深緑が咲いていた。ばち、と街頭で虫が焼け焦げて落ちる音すらも掻き消すような波の狭間で、

「っ!」

あ。ぐらり、大きく身体が傾いたかと思うと、ひどくあっけない水飛沫が宙へ舞った。考えるよりも先に俺の足は砂浜を蹴っていた。ざぶざぶと進む水の中はいやに歩みが遅く感じられて嫌だ。くそ、進めよ、はやく、前に。あいつのところに。
けれど辿り着くより先に、水の織り成す深い深い藍からゆらりとあいつは立ち上がった。たかお、と此方を見て驚いたようにうごく唇に安堵して、どういうわけか俺も足をもつれさせてしまったのだ。
ざばん、今度は予想より大きく飛沫を上げて、自分の身体が前のめりに塩水へと沈んでいく。うえ、しょっぱい。鼻から直に塩水を吸い込んで、固くつむった瞼の裏までじんわりと熱くなる。
ぶくぶくと上がるあぶくが頬を掠めて、そこでようやく理解した。と、同時に腕を強く引っ張られて、勢いのまま海面に引き戻される。
肺いっぱいに吸い込んだ冷たい空気が心地よかった。

「……高尾」

「っしんちゃ、」

「馬鹿め、お前までずぶ濡れだ」

目を開いた瞬間に飛び込んできたのは、鋭く染みる塩分。それと、馬鹿だと揶揄するわりにはくすりと綻んだ真ちゃんの唇。悪戯っぽいそれに思わずくらりと目眩がした。
真ちゃんの腰までの高さ、つまりは俺の腹までの深さの水に包まれながら徐に身体を投げ出す。張り付いたシャツにまわした腕に持てる限りの力を込める。
ごめん、やっぱり俺には放っておけない。頭を埋めた肩口からは、仄かな磯の香りとなにが理由なのかもうわからないしょっぱさが鼻を突き刺している。
ぐしょぐしょになった緑の髪が張り付いた額をゆっくりと撫でた。お前は笑うけれど、たぶんこれはどうしようもない嫉妬なのだ。海なんかにやってたまるか、馬鹿野郎。




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すみません……なんかこんなんですみません……夏と高緑キャンペーンを絶賛応援中であります……。
13.08.05 19:37
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