猟師と赤ずきんと狼と
 「リン!!」

 俺がその名前を口にするよりも早く、後ろにいたジルがその名前を口にし、しりもちを付いたリンへと駆けつけた。リンもか細い声でジルの名を呼び、彼女に細い腕を伸ばす。
 相棒に抱きしめられている涙目の彼女を見れば、救出できた安堵感とともに何やら黒いものが心の隅で動いた気がした。
 それが何かを確認する前に、俺は再開を喜んでいるジルへ向けて言葉を投げる。その言葉は、自分でも少し棘があるような気がした。

「オーケィ、クリス」

 しかしジルは文句を言うことも眉間に皺を寄せることもなく、ただそう返した。
座り込んでいるリンに立てるかと声を掛ける相棒を見て、彼女も随分とリンを気に入っているんだろうと思う。
 こうして声を掛けるのは当たり前だとは思うが、抱きしめなくてもいいのではないだろうか。そもそも今は今回のテロの主犯と対峙している状況だというのに。
 しかし、ジルがしていなかったら自分がしていただろう、とも予想ができる。
 この矛盾に近い気持ちが何なのか、俺はわかったような気がしたが、あえてそれに蓋をしてジルとともにリンを背にかばった。

 銃口をウォルへと向ければ、先ほどまでは邪魔されたとあからさまに苛立ったものだった表情が、途端、小馬鹿にしたようなものとなる。自分の優位を信じて疑わないその顔は、過去ほかの人間の顔で何度も見てきたものだ。

「はっ、そんな普通の銃弾が僕に効くとでも思う?」
「その台詞は自分の体を見てから言うのね」

 ジルの言葉に、ウォルは口の端を挙げたまま己の体を見る。そして、だくだくと血が流れる腕を見て、ようやくその表情が崩れた。ばっと風穴の開いた腕を抑えたウォルの顔は見開かれた眼に少しだけ浮き出た血管。彼が動揺しているのだということは、簡単に見て取れた。
 小さい子が喚き散らすように治れ治れと叫ぶウォルを見ながら、俺は内心安堵の息を吐いた。やはりあの薬入りの銃弾はこうして使うものだったらしい。

 ちらりと後ろを覗けば、どうして治らないのかリンも不思議だったようで口に手を当てたまま、しかし疑問を瞳に浮かべていまだ叫ぶウォルを見つめている。
 ジルと俺で簡単に説明をしてやれば、彼女は茫然とした顔で俺たちから視線を外し、痛がるウォルへと向ける。その瞳には疑問を残したまま、新たに同情の色が垣間見えた。

「くっそ!くっそ!!どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがってぇぇぇぇえええええ!!!!」

 癇癪を起したように腕を抑え地団太を踏み始めたウォルに、リンの方がびくりと跳ねる。あまりここには長居させないほうがいいのかもしれないと、先にジルとともに逃がそうと振り向こうとしたときだった。
 笑い声が、響いた。
 声の主は、やはりウォル。狂ったようなその笑い声は俺ですら不気味に感じるほどで、リンも悪くなっていた顔色をさらに悪くしていた。

「……よくこの短時間でそこまで調べ上げたよね。タイラントが君たちと遊んでたはずだけど」

 その言葉で思い出されるのは制御室に現れたタイラント。やはりあれはウォルの差し金だったようだ。
 倒させてもらった、と銃を下すことなく告げれば、ウォルは糸が切れた操り人形のように、なるほど?と首をガクリとかしげて見せた。

「そんなのは君たちがコソコソと嗅ぎまわるのには支障がなかったってわけだ」

 続けられた言葉もやけに挑発的で、ジルが苛立ちを露わにする。きっと先ほどまでの俺の態度も加わっているのだろう、いつもは隠そうとする苛立ちは、今は剥き出しで少しだけ申し訳なくなる。

「はっ、弱いものいじめが得意なお前たちに言えたことじゃないでしょ」
「弱いもの、いじめ……?」

 鼻で笑いながら告げられた言葉に、小さな声が反応した。その声の主を見たのは俺たちだけでなくウォルもそうで、リンを視界に入れたとたんにバカにしたような顔を一変させ、愛玩動物を見るような笑顔を彼女に向ける。自分が向けられているわけでもないのに、ゾワリとした感覚を俺も少しだけ感じた。

「そうだよ、リン」

 発された言葉はねっとりとした猫なで声で、諭すように誘惑するようにウォルはゆっくりとやんわりと言葉を紡ぐ。
 
「そいつらは弱いものを苛めるのが大好きなんだ。君もそこにいたらまた苛められてしまう。さぁ、こっちにおいで」
「被害妄想はやめるんだ。おとなしく降伏しろ」

 ウォルがリンに向けて手を差し出す前に、俺は再びしっかりとウォルへ銃口を向けた。装填されている弾の1発目は例の薬入り弾丸だ。
 その行為が気に食わなかったのか、それとも俺が選んだ言葉が気に食わなかったのか――おそらく両者であろう。ウォルは伸ばそうとした腕をひっこめ、そしてヒステリックに叫んだ。

「いいか、此処はオオカミ共がうごめく地獄だ。そんな中僕は何度だって助けを求めた。けれど周りは何一つ変わらなかった。だから僕はそんな汚い世界をひとつ、終わらせてやっただけだ!!いいか!!僕は加害者なんかじゃない!!僕は――」

「ウォル、自分だけが被害者だとでも思ってるの?」

 とても冷え切った声が、ウォルの言葉を遮って紡がれた。
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