狼の胃の中で
 狭い通気口を這って進んだ先は、どうやら制御室のようだった。しかし、そこに居るはずであろうリンとウォルの姿は無く、あるのは暗闇で光るモニターと制御パネルのみ。
 通気口内で付いたほこりを軽く払いながらモニターを覗けば、やはり作戦とは違ったシャッターがいくつも降りていることが分かる。

 何かの根拠があるわけではないが、リンがこういったことをするとは思えない。となると、容疑者として浮上してくるのはウォルなのだが、いかんせん動機が分からない。
 俺たちが居なくなれば、この学校から脱出できる確立もかなり下がるのは難しく考えずともわかることなのだ。こうして現状では最善だと思える作戦を考え付くウォルが、分からないわけではないだろう。

「ジル、本部に連絡を取ってウォルのことについて調べさせておいてくれ。俺はもう少しこっちを調べてみる」
「オーケィ、分かったわ」

 ジルが本部に連絡を取るのを横目で確認し、俺はモニターに目をやった。シャッターが降ろされているところは赤く表示されており、ソレを見れば作戦にないシャッターがいくつ降ろされているのかが一目瞭然だった。

 どちらかといえば、降りていないシャッターを数えたほうが早いのではないかと思うほどに赤い線がモニター中に走っており、降りていないシャッターをたどればそれは西階段の4階へと続いていた。

 作戦終了後の待ち合わせ場所は、4階の西階段。ソレを考えればなにもおかしくはないのだが、なにか、なにかが俺の中で違和感を拭いきれない。
 1階も2階も3階も作戦には関係なく中央階段付近も校舎の両端の階段も、全てのシャッターが降ろされているのにもかかわらず、4階だけ何故か中央階段付近のシャッターが開いているのだ。5階の階段と南階段がしまっているからB.O.Wに襲われるということは無いだろうが。

「ん?」

 眉を寄せた俺の視界に止まったのは4階にあるひとつの扉。――まさか

「クリス、ウォルについて分かったわ」

 ぽんと肩を叩かれ振り向けば、ジルが真剣な表情でPDAを突きつけてきていた。そこに写っているのは俺たちが先ほどまで一緒に行動していたはずのウォルの画像。しかし、その表情は見慣れたおどおどしたものではなく、赤く燃え上がる町を背景にゆがんだ笑顔を浮かべているものだった。

「彼の本名はウォル・マードック。一昨年にこの学校を自主退学してるわ。それからはテロ組織にはいって、結構最前線で行動していたみたいね」

 そういって次に出されたのは、ここ数年少しだけ世間を賑わわせていたテロ組織のマーク。確か“ハンドル”、だったか。アンブレラを金銭面で支えていた薬品会社の残党が起こした組織で、事件の一つ一つは決して大きくはないのだが、現れる頻度と失敗の少なさで世界に恐怖を植えつけた組織のひとつだ。
 しかし、だ。

「ハンドルは確か今年に入って直ぐ、捕まっただろう?」
「残党が何人か居るらしいの。ウォルもその残党のうちの1人。嘘の旨さと狙った標的を骨の髄まで絶望に貶めたりすることから、クレイジーウルフなんて呼ばれているわ」
「狼、か。となると、この事件もそのクレイジーウルフの仕業だってことだな」

 溜息混じりに呟けば、ジルが鋭い目をそのままに頷く。
 とりあえず犯人がわかったのだ、一刻も早く彼らと合流をしてリンを助け出さなければ。

「まって」
「ジル、リンが一緒に居るんだ。急がないと彼女が危ない!」
「落ち着いてよ、クリス。考えてみて、戦闘経験もろくに無い素人がテロ組織に入って1年も掛からずに最前線に、しかも死ぬことなく活動していることに疑問を感じないの?」
「……ウイルス、か」

 正解、と言葉を返しながらジルが差し出してきた1枚のチップ。俺はソレを自分のPDAに入れて中に入っていた資料に目を通す。
 資料の中身は、簡単に言えばウォルの体に投入されたウイルスについての資料だった。この短時間でよく手に入ったな、と返せばジルは会った瞬間からなにやら違和感を抱いていたらしく、ばれないように本部に調べを入れるように連絡をしていたらしい。相変わらず、仕事の速さには思わず感心してしまう。
 少しだけそり残した髭が生えたあごを撫でながら、俺は再び映されている資料に目を通す。

 名称“プロジェクト・ワイン”。特に脅威にならないそのウイルスだが、うまく定着すればそれは異常なまでの回復力を与えるらしい。
 最悪、戦うことになるのかもしれない俺たちからしたらその能力は十二分に厄介なもので。持っている銃弾だって残りの数は高が知れている。
 あいにくワクチンも無いらしく、俺眉間に皺がよるのを感じた。

「八方塞がりだな」
「そうね……っ!?」

 バッとジルが扉を見つめる。釣られるようにして俺も扉を見てみるが、特になんら変わったところはない。
 では、彼女は何に反応したのか。

「どうした?」
「何か、声が……」

 ゾンビの声じゃないのか、そう返そうとしたときだった。

 ドガァッ!

 豪快な音を立ててぶち破られた扉。勢いよく開け放たれた、なんてかわいらしいものではない。文字通りぶち破られているのだ。
 扉のまわりの壁ごと破壊され、飛ばされた扉は無残な姿となってモニター画面へと突き刺さっている。
 ドスン、と鈍い足音が響き、舞い上がったほこりの先に現れた一つの大きな影。
 長いコートに髪のない頭。ゆったりと上げられたその顔に、俺たちは嫌でも見覚えがあった。

「タイラント……!」

 構えた銃が狙うその影は、相変わらず恐ろしいほどの無表情で此方を見ていた。
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