首謀者ウォル・マードックの死亡を確認。尚、生存者であるリン・アルダートンの容態は着実に回復に向かっており、早くて今月末には退院できると病院側からの報告を受け取っている。また校舎は――
「ずいぶん熱心ね」
視界の端にコトリと置かれたマグカップと共に降ってきた声に、俺は数時間ぶりに液晶画面から顔を上げた。机に置かれているのは白い湯気を立たせているコーヒー。
ありがとう、と顔を上げれば俺と同じく湯気の立つマグカップを持つ相棒がひとつウインクを飛ばしてきた。
「何時間も休憩なしでやっているけど、終わりそう?」
「あぁ、この報告書を書き上げれば今日の仕事は終わりだな。ジル、お前は?」
そう尋ねれば、少しだけ眉を上げて笑ったジルがあごで彼女のデスクを指す。促されるままにそちらに顔を向ければ、デスクの上は綺麗に整頓され、パソコンは電源を落とされ反対側の席を黒の中に移していた。
相変わらず仕事の速い奴だ。
感心しながら淹れてもらったコーヒーを口に運べば、咥内に広がった苦味が疲れを癒してくれたような気がした。ついでに首を回せば、ゴキリと鈍い音が立つ。これはだいぶ疲れが溜まっているようだ。
「お疲れね」
「まぁな」
今日は早く仕事を終わらせて、家に帰って酒を飲んで寝るに限るな。
そんなことを笑って呟き、再びコーヒーを流し込む。と、感じるのは熱いまなざし――というにはあまりにも冷めた、責める様な視線。
嫌な予感で口の中に残った苦味がまずくなるのを感じながらちらりと横を見れば、いわゆるジト目と目が合ってしまった。
「クリィス」
この顔に、この呼び方に、いい思い出は今のところ無い。そうと分かれば早々に逃げた方が勝ちなのは、長年の付き合いで学習済みだ。
「さぁて、タバコでも吸ってくるか!」
ガタっと音を立てて立ち上がりオフィスの扉へと足を進めれば、ひかれた右腕。それも、かなり強い力で。
あぁ、失敗した。
思わずため息を吐きそうになるのを目を閉じることで何とか堪えることに成功した俺は、離されない腕をそのままに少し振り向いてみせた。
視界に映るのはやはりというか、笑顔のジルで。一般的に綺麗といわれるその笑顔に、今は苛立ちと怒りがありありと浮かんでいる。
「どうして行かないの?」
「……ジルが腕を掴んでいるからだろう」
「病院よ、病院。誰もタバコのことなんて言ってないわよ、むしろ最近吸いすぎ、減らしたらどうかしら」
「あいにく、すでに中毒でな」
「どうしてお見舞いに行かないの?」
おどけた返事は流され、直ぐに本題を突きつけられ思わず視線が泳いだ。こんな簡単なごまかしに乗ってくれるとは思わないが、今は乗ってほしかったと心から思う。
仕方なしに仕事が忙しいんだと返せば、ため息と共にようやく右腕が解放された。掴まれていた腕はうっすらと手のあとが残っており、ジルがどれだけ強い力で掴んでいたのかが目に見える。
「オーケィ、質問を変えましょう。どうしてリンを避けているの?」
的確に的を得たその質問に、俺は先ほど飲み込んだ溜息を今度こそ吐く羽目になった。
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