「さーて、そろそろいいかしら?」
突如部屋に響いた声に、俺たちははじかれるようにして後ろを向いた。
病室の扉に立っているのは、仁王立ちの女性。それは言わずもがな先ほどまで外でアイスクリームに舌鼓を打っていたはずの相棒だった。
「いやいや、じれったかったわ。やっとくっついたみたいで何より」
「くっつい、た?」
きょとん、とした声が腕の中から聞こえ俺はリンを抱きしめたままだったことを理解した。腕の中にいる当人は気が付いていないのか、丸くした目を何度か瞬かせて首を傾げている。
「……え。違うの?そんなに抱き合っているのに」
その言葉に、ようやくリンが現状を理解した。顔が髪と同じように赤く染まりはじめ、謝罪の声と共に俺の胸板を押して距離を取ろうとする。もちろん、それを俺が許すわけもなく、ぐっと回していた腕に力を籠めれば、小さな叫び声とともに、再び小さな体が腕の中にきれいに収まった。
「見せつけるのやめてくれる?照れてるリンは可愛いけれど、うじうじしていたクリスにそんな顔されるのは不愉快だわ」
「最近毒舌が絶好調じゃないか?」
「どこかの弱虫さんのおかげでね」
ぷ、とどちらともなく吹き出せば、そこから笑いが止まることは無く、ジルは自分の腹を、俺は腕の中にいるリンを抱えて肩を震わせた。
これで“相棒”の元通りだ。そう思って目じりの下がっているであろう顔を上げれば、視界に入ったのは未だに腹を抱えるジルと、そして何故か眉を寄せているリン。
「クリスさんとジル……やっぱり、仲良しですよね」
ブハッとさらに噴出したジル。しかし今度病室に響く笑い声はジルのモノだけで、俺は口と目を開いたまま、眉を寄せるリンを見つめた。
ええと、なんといえばいいのか。これは、その。アレだろうか。
「もう、リンったら!嫉妬?」
そろそろ笑い声が苦しそうなものになってきたころ、ジルがひぃひぃ言いながらそう問いかけた。
とたん、ボンッと音が付きそうな勢いで染まるリンの顔。「そ、そうじゃなくてですねええと、その、あの」と言葉を詰まらせるリンに、猛烈な勢いで込みあがってくる愛しさ。
俺はそれを止めることもせず、彼女の額に唇を落とした。
「俺の光は赤い」
なんてくさい言葉を吐いたのだろうか、と顔に熱が集まっていくのを感じ、思わずポリポリと鼻をかく。腕の中のリンは1度きょとんとしてから、すぐに意味を理解したようで、再び顔を赤くして俺を見上げていた。
「あぁ、はいはい。ラブラブなのね。お邪魔虫は帰るわ。……リン、傷は痛まない?」
「あ、ええと、はい。ウイルスに感染したらしいんですけど、なんだか適応したみたいで。回復力が早いってお医者さんが驚いてました」
びっくりですよね、と少しはにかんだリンに、むしろ俺たちのほうが驚いた。体に影響はないのかとジルが問えば、リンは静かに、けれども確かに頷いて見せる。
その返事にならいいわ、と零すも俺に向けれられた眼は「医者に確認をとってくる」と告げていた。
「まぁ、リンの体にマイナスの要素が今のところ出ていないなら、今度こそお邪魔虫は退散させていただくわね。……病み上がりなんだから、日付が変わる前に家に帰してあげなさいよクリス」
「ジル!」
含み笑いを浮かべたジルに声を荒げるが、既にそこには姿はなく、廊下から楽しげな足音が聞こえてくるだけ。
相変わらずいろいろかき回していくやつだ、と視線を落とせば、しっかりとこちらを見上げていた1つの瞳と目が合う。
「私、ウイルスに感染してます。ウォルが持ってた、ウイルスです」
「あ、あぁ」
「顔も、こうして傷だらけです。それでも――」
ぎゅ、と服の裾が小さく握られた。逸らされることのない瞳には、少し不安の色が見え隠れしている。
なんとなく彼女が言わんとしていることを理解して、俺は小さな体に回していた腕にさらに力を込めた。
「何度でもいうさ。俺の光は赤い」
ぶわり、と今度こそ抑えきれなくなったのであろう涙が次から次へとこぼれ、リンの頬を濡らしていく。その顔を胸板に押し付けてやれば、すがるようにして腰に細い腕が回った。
爪痕は、たしかに残っている。
学校に、彼女の顔や体内に、いろんな人の心に。痛々しい傷痕として。
すべてが終わったわけでもない。
それでも、風が吹き抜ける病室で抱き合っていられるこの今に、俺はこれほどのない感謝と、安らぎ。それから腕の中への愛しさを強く感じていたのだった。
猟師のモノロゴス
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