猟師は1歩を踏み出す
 荒々しい音を立てて進む足。それはもう、早歩きというよりかは走っているような速さで、通り過ぎる看護師たちが怒りの声を上げた。
 しかし俺の足は止まることはない。目指す場所はただ一つ。

『私が見つけた光は、どこまでも真っ直ぐで力強い光です』

 病棟の1番上。廊下の1番端。それが確かリンが新たに移された普通病室の場所だった。
 最後にあったのは隔離病棟の病室で、初めて向かう病室に足が少しだけ迷う。
 隔離病棟とは真逆にある普通病棟に行くために、初めて使う階段を俺はひたすらに上った。

『なくしたくなかった。せっかく見つけた光を、私はなくしたくなかったんです。だからこそ私はウォルの手を振り払って、生に縋りついている』

 たん、と音を立てて俺の右足が最上階の廊下を踏む。限りなく真っ白だった隔離病棟に比べて、若干黄ばんだり傷があったりする廊下に何故か安堵した。
 いつの間にか憂いも怒りもなくなり、ただ微笑んでいるだけのような声に耳を傾けながら、俺は目の前に伸びている廊下に目をやる。どうやら階段を上がっていた音は自分が思っていたより、だいぶ煩かったようだ。病室の扉から顔を覗かせる患者たちに、俺は苦笑いで頭を下げた。
 温かく柔らかい日差しで照らされる廊下には、静かだが、それでも楽しそうな声が聞こえている。
 俺は階段を駆け上がったせいで切れた息を戻し、その廊下に1歩を踏み出した。そうすればあとは自然に目的の病室へと足が動いていく。

「その、自分勝手だとはわかっています」

 リン・アルダートンのプレートのついた扉の前。今まで電話越しにしか聞こえなかった声が、扉の向こうからボソボソと小さな音でも聞こえた。
 俺は手に持った、くたびれている花束を確認し、大きく息を吸い込むとその閉ざされていた扉をゆっくりと開ける。
 廊下と同じように柔らかい日差しに包まれていた病室の窓際。逆光になるようにして窓のふちに腰を掛けているリンの顔は、驚きに染まるでもなく、ただ日差しのような笑みを浮かべていた。
 彼女の顔に、包帯はない。目は眼帯で隠されてはいるものの、痛々しいほどの火傷のあとは何かに隠されることなく、日の光を受けている。

「でも」

 俺の顔を見つめたまま、リンは口を開く。

「これからも私の光でいてくれませんか」

 笑顔だった。目には少しだけ涙が溜まっているような、携帯を握る手が若干震えているような気がしたが、リンは笑顔だった。
 俺は通話を切ることはせずに、けれど携帯を耳からゆっくりと外した。そしてそのまま両腕をゆったりと広げて、機械越しではない言葉で告げる。

「退院おめでとう、リン」

 笑顔だったリンの顔が一瞬驚きに染まり、そして溜まっていた涙がこぼれるのを皮切りにして彼女は細い足で俺に駆け寄った。ほぼ転がり込むような形で飛び込んできた小さな体を、俺は力いっぱい胸に閉じ込める。
 ふわり、とカーテンが躍るのを視界にとらえながら、リンの震えた返事に笑みを零した。
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