赤ずきんは語る
 信じたい、愛されたい、助けてほしい。求めることが、求めるものがいくつあっても、何度そう思っても口に出せないのが現実で。だからこそ俺だって、リンにメールを送ることも、電話を掛けることもできなかった。
 きっと誰しも口にするにしても、行動に移すことにしても、拒絶されることが怖いのだ。
 そうして溜まっていく何もできない自分への怒り、悔しさ。現状のつらさ、悲しさ。そういったどうしようもないものをすべて他の何か、誰かのせいにして、暗闇に閉じこもっていたのだ、とリンはいう。
 リンも、そしてウォルも。
 だからこそ閉じこもった暗闇の中で、ウォルは求めたのだ。まぶしい光を。
 俺たちにとっては当たり前のことかもしれないことが、彼にとっての光だった。

 笑いかける、心配する。会話をする。ともに喜ぶ、ともに悲しむ。時には叱ったりして、そして謝る。そんな普通すぎるそれが彼にとって、いや2人にとっては、目がくらむほどまぶしい光なのだ。
 ウォルが求めてやまない光。それが、リンだった。
 校舎内を歩いている間、彼は常に口にしていた。リン、リン、と。それは幼子が母を呼ぶように、彼女の横に後ろに常に付き、すこし背の低い赤毛の名を呼ぶのだ。
 彼は縋っていた。彼は期待していた。彼は求めていた。リンに。
 だからこそウォルは勇気を振り絞っても求めたのかもしれない。少し、いや大幅にずれた勇気を持って。

『私は、そうして伸ばされたウォルの手を払ってしまったのです』

 彼の気持ちが、痛いほどわかるのに、私は手を取らなかった。振り払ってしまった。
 泣いてはいないようだが、声はもう意識して聞かずとも分かるほどに震え、リンのやるせない気持ちが伝わってくるように感じる。

『狼になりたくない。そういって伸ばされた手を振り払った私こそ!……狼だった』
「リン……」

 久しぶりに呟いた名前が、ストン、と胸に落ち着いた。
 心の中では何度も呟いていた言葉。口にだすのは本当に久しぶりの言葉。そんな言葉が、彼女につられて暴れそうになる俺の心を止めた。
 すう、と息をひとつ吸えば、それを聞いたのかリンも電話越しにすうと息を吸う。

『狼だと自覚して、途端に私は死にたくなりました。けれど、何度やろうと思っても、どうしても直前でやめてしまうんです。どうしても、生に縋りつきたくなってしまうんです。どうしてだろう、って考えたんです』

 先ほどと違って、少しずつ落ち着いていく声。
 俺は何を返すでもなく、続く言葉を待ちながらゆっくりと顔を上げる。

 私にも、光がありました。

 空を見るはずだった目が、目の前にそびえたつ病院の一角に奪われた。
 病室の窓が並ぶ中、一つだけ開いたその窓はふわりふわりとハタメク長いカーテンを外に出している。カーテンの隙間からチラリ、と見えたその陰を遠目から見ているのにも関わらず、俺の心臓が高鳴った。

 俺と同じように携帯を耳に当てている背中。窓に腰をかけるようにしているために顔は見えないが、それが誰なのかは考えずとも分かることだ。
 病院の中で電話していいのか、だとか、窓から落ちたらどうするのだ、だとか。いろいろと口にしたいことはある。しかし、口がそれらの音を奏でる前に、地面にくっついていたはずの足が動き出した。
 一度地面を離れてしまえばそれは止まることなく、ひたすらに病院へと進んでいく。
 アイスクリームを食べていたジルが一度驚いたように、しかし次の瞬間には呆れたような笑顔でこちらを見ながら手を振っているのを、俺は視界の端にぎりぎり捕らえた。
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