『もしもし、クリスさん?』
鼓膜を響かせた機械越しの声を聴いた瞬間、体中の血液が熱を持った気がした。
あぁ、とだけ返した返事。
震えそうなのを何とかこらえて出したはずのその声は、やはり震えていた。
リンです、と嬉しそうな声で名乗る彼女に返す返事は、またしてもあぁ、の一言。それでも電話の向こうのリンは、嬉しそうに良かった、と告げてくる。
『今日退院なんです』
「あぁ、ジルから聞いた」
『お見舞い、来てくれなかったですね』
「……すまない」
『冗談ですよ。お仕事だってジルさんが言っていました』
クスリ、と小さな笑い声と共に聞こえてきた言葉に、何か返そうと思い口を開いた。しかし、それは何かを言葉にすることなく何度か開閉をしたのち、諦めたように閉じられる。
『少し、お話を聞いてもらってもいいですか?』
俺のその様子が伝わったのか、それとも偶然なのか。
意を決したような声に、俺は小さく了承の返事を述べる。聞こえているのか、自分でもわからないほど小さな声だった。
しかし、彼女そんな小さな声も読み取った――もしくは無言を了承ととったのだろう、ありがとうございます、と嬉しそうな声で礼を口にする。
『その初めに……この間のお詫びを言いたくて』
この間はごめんなさい。八つ当たりでした。
そう続けられた言葉に、眉がよるのがわかった。なぜ彼女が謝ってくるのか。謝るべきは怒鳴り散らした俺ではないか。
そう思って口を開けば、俺の考えがまるで分っていたかのように、彼女が先に口を開いていた。
『少しだけ、話を聞いてもらってもいいですか?』
俺より先に紡がれた彼女の声は、少し申し訳なく思っているようなもので、俺は開いた口を閉じる。
何も返さないことを肯定ととったのだろう。リンの声が、また耳元でし始める。
『私、苛められていました。この赤毛のせいで』
それはあの日、彼女の病室で聞いた言葉。しかしその声に震えはなく、ただまっすぐに、むしろどこか笑っているような気すらするものだった。
俺は返事を返すことなく、携帯電話から聞こえる声に耳を傾ける。
隣にいたはずのジルはいつの間にか近くのベンチへと腰掛け、どこで手に入れたのかアイスクリームに舌鼓を打っていた。
『最初はね、もちろん悲しかったです。媚も売りましたし。少しでもみんなに気に入られるようにって』
効果はなかったんですけどね、と零された苦笑いがやけに俺の心を締め付けた。
『だからかな、どんどん人が嫌いになっていくんです。信じられなくて、憎らしくて、でも愛されたくて――』
「苦しかった」
はっと、息を飲むような音が電話越しで伝わる。
声は笑っているのに、それがどこか無理をしているような。いや、無理をしているのだろう。リンの心の中がまるですぐそばにあるように、耳からダイレクトに伝わり、思わず俺はそう呟いたのだ。
数秒、彼女は言葉を発さずようやく吐き出した吐息に含まれていたのは肯定だった。
『さすがに本人じゃないから、推測しかできないけど』
たぶんウォルも同じなんです。
唐突に出てきた名前に、俺の息が詰まる。
今回のテロ事件の主犯、ウォル・マードック。彼もまた、彼女のように苛められていた。
ウォルとリン。苛められていた、ということもそうだが、彼女たちの心に根を張るもっと大きな何かが、2人を強く結びつけてる気がした。
[ 18 / 21 ]