猟師の相談室
 はぁ、と重たい溜息がこぼれる。今日だけで何回目の溜息になるだろうか。周りを見れば流石にほかの隊員も思っていたようで、何かあったのかと言いたげに皆がそわそわしながらこちらを見ていた。
 なんでもない、と苦笑いで手を振ると納得した顔ではないがそれぞれが持ち場につき警戒を始める。


 メモを貰ってから既に1週間が過ぎた。ジルに説教された後も、何もできないまま、何もないまま日々を過ごしていた。

 ――いや、何もないというのは嘘になる。
 急に舞い込んできた任務。バイオテロに片棒を担いでいる薬品会社があるらしく、そこに探りを入れる任務だった。そしていざ任務に就き蓋を開けてみれば出てくる出てくる、テロ加担の証拠の山。

 しかし、会社の建物に入ってみればそこに従業員や研究員の姿はなく、うろうろと蠢いているのはハンターなどのB.O.Wだけ。どうやら中枢にいた人間たちは既に荷物を纏めて逃げていたらしく、俺たちBSAAは残ったB.O.Wの駆除に追われていた。
 あぁ、いや、そんなことではない。あれから何があったのか。何か、進展があったのか。
 メールが来たのだ。リンから。

 任務の前日。早めに眠ろうと思って部屋の明かりを消すと同時に鳴り響いたバイブ音。誰だろうかと思って携帯の表示を見て、俺は思わず二度見をした。
 薄暗い部屋の中、明るいディスプレイに映し出されたリンの文字。

 どうして俺のアドレスを、とか、どうして急に、何を思って、などいろいろな考えが浮かんだが、これといった答えにたどり着くことはなく。
 俺は驚きですっかり冷めてしまった目を見開きながら、送られてきたメールを恐る恐る開いた。

『こんばんは。夜遅くにごめんなさい、リンです。ジルからメールアドレスを聞きました。先日はごめんなさい、動揺していたとはいえ、言いすぎました。また、お暇なときにお見舞いに来てください。では、おやすみなさい。リン』

 何度そのメールを読み返しただろう。
 リンが俺にメールを送ってくれた。謝ってくれた。また、見舞いに来てくれと言ってくれた。
 それだけで俺は天にも昇るような気持ちで、我ながら気持ちの悪い笑顔を浮かべてその日はベッドに潜ったのだ。
 問題はその後だ。

 翌日、正確にいえば今朝だ。俺はメールを返そうと思って、しかし、できなかった。
 目を閉じて浮かぶのはリンの笑顔。しかしそれよりも先に、それよりも色濃く浮かんでくる血まみれのリン。涙するリン。俺に怯えるリン。
 彼女に近づけば、俺はまた彼女を深く傷つけてしまうかもしれない。だからこそ、俺はメールを送ることも、電話もすることも、もちろん会うことすらできないでいる。

「――と、俺の友人に相談されてな。どうしたらいいと思う」
「あーーー」

 溜息の雨がやまない俺に痺れを切らせて声を掛けてきたデロに、俺は友人が悩んでいるのだという名目で相談した。
 うつむいていた顔を上げてデロを見れば、面倒くさいものに話しかけてしまった、と言わんばかりに頭を抱えている。しかし、それは今の俺には真剣に頭を悩ませてくれているようにしか見えず、彼が次に紡ぐ言葉を今か今かとい待っていた。

「あー、まー。なんつーか。あれじゃね、あのさ。うん。勇気……そう!勇気だよな、お互いの!」

 うんうん、とひきつった笑いを浮かべながら頷くデロを、俺は初めてなんて仲間思いの奴なのだと感動する。
たとえ本音が「友人じゃなくて明らかにお前のことだろう、しかも色恋沙汰とか一番面倒くさそうな問題引っさげてきやがってとりあえず適当にそれっぽいこと言って開放してもらおう」と何とも冷たいものでも、心の中を覗けるわけでもなく、ましてや相手の心の中を探るような余裕のない俺は、そのアドバイスを感動の色を隠すことなく静かに聞いていた。

「あ、あれだな!最終的にはお互いの覚悟と勇気だと俺は思う!さて仕事するか!」

 バシッと肩を強めに叩かれながら、俺は促されるままに立ち上がる。
 勇気、覚悟。
 口の中で反芻するように何度も何度も口の中でそれを呟いてみれば、なんとなくその言葉が正解なような気がした。
そして、俺には実行できるだけの勇気がないことも、わかっていた。

[ 15 / 21 ]
prev-next
△PAGE-TOP
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -