「で?」
ある程度の経緯を話し終わり一つ息を付けば、ジルから初めに飛んできたのはその言葉だった。
以上?と続けられた言葉に、頷けばそれは大きな溜息が降ってきた。
おとなしく椅子に座る俺の前にいつの間にか椅子を持ってきてそこで話を聞いていたジルは、呆れたといわんばかりに首を振り席を立つ。
「クリス、いくら久しぶりの春だからって不器用すぎよ」
そんなことは分かっている、と返そうとした言葉を俺は飲み込んだ。基本彼女に言い返せば面倒なことになることは分かり切っているのだ。特にこういう色恋沙汰は。
そこまで考えて、あぁ恋をしているんだなと再認識した。リンを思うたびに胸の奥が熱くなり、体の奥から幸せな気持ちが湧き上がってくるのだ。
そして、あの泣き顔と今にも死にそうな姿のリンを思い出すたびに、今にも体が張り裂けそうになる。
「一回張り裂けたらいいんじゃないかしら」
「いきなりなんて恐ろしいことを言うんだ君は」
どうやら今考えていたことは無意識に言葉にしていたらしく、ジルが眉を顰めて軽く吐く真似をしてきた。仮にも女なのにそういう態度はどうなのか。
「言っているのが可愛い女の子だったら何も言わないわよ。クリスが見た目を考えずそんなこと言うから、つい」
どちらにせよ失礼極まりないことを言っていることに、彼女は気が付いていないのだろうか。いや、気づいて敢えて言っているのだろう、たぶん。むしろ無自覚なほうが質が悪い。
はぁ、とため息を1つ吐いて見せれば、溜息を吐きたいのはこっちだとジルが言った。
誰のせいだ、誰の。そんな視線で立っている相棒を見上げれば、彼女は困ったように肩をすくめる。
「そんなに睨まないで。……とりあえず、はい」
差し出されたのはピンク地にウサギがプリントされている、なんともかわいらしいメモだった。なんというか、その、言いにくいが、ジルらしくないメモだ。
可愛いものが好きなのは知っていたが、と若干引き気味にそれを受け取れば、不意に額に飛んでくる拳。思わぬ攻撃に避けることもせず食らった俺の頭が、後ろにぐらりと揺れた。
「私のじゃないわよ!リンの!」
「口で言えばいいだろう、口で――リン?」
若干赤くなっているであろう額を抑えながら噛みつけば、予想外の言葉に少し荒げた声はみるみるうちにしぼんだ。
今、ジルはリンの、と言ったのであろうか。
恐る恐るというように手の中にあるメモに視線を落とす。やはり何度見ても変わらないピンク地にウサギのプリントされたそれは愛らしいメモには、先ほどは気が付かなかった丸い文字があった。
それはどう見ても電話番号とメールアドレスだった。そしてその下に申し訳程度に書かれた丸文字の名前。
俺はいつの間にか見開いていた目をそのままに、未だ傍に立つジルを見上げる。
「電話してあげたら?まぁそれができなくても、せめて気の利いたメールの1つでも送ってあげることね。」
「……いや、俺は――」
「じゃあ私は帰るから。明日結果報告楽しみにしてるわー」
告げようとした言葉は、既に背を向けたジルの言葉に上塗りされて消えた。慌てて声を掛けなおすも、彼女は素手にカバンを肩にかけ足早にオフィスを出て行っている。
「ちょ、おい、ジル!」
「クリスー女の尻を追いかけるのは仕事終わってからにしろよー」
追いかけようと席を立てば、隣の席のデロが軽いとは言えない力で俺の肩に手を置いた。そっちに気を取られ、慌ててジルがいたところに視線を移せばそこに声を掛けるべき相手の姿はなく。
あまりの言い方に文句をつけてやろうか、と振り向けば彼は有無を言わせぬ笑顔でこちらを見ていた。
「……すまない、すぐ終わらせる」
「あぁ、素晴らしいな。ぜひそうしてくれ」
嫌味にしかとれないその言葉に俺はこめかみを揉みながら、おとなしく自分の席にドサリと腰を下ろす。
リンを守れなかった、傷つけた自分。すべて図星だったジルの言葉。そしていまだにこちらを見張るように見てくるデロ。
それ以外にも自分を取り巻く現状の全てに抱く感情は1つの感情。
カタカタとキーボードを鳴らしながら報告書を作る俺が持っているのは、抑えきれない苛立ちとリンのメモ。
無性に、あの体に悪い煙を肺いっぱいに詰め込みたくなった。
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