赤ずきんの癇癪
 ようやく目を覚ました翌日のリンは、見ていられなかった。きっと俺が帰った後に自分の状態を聞かされたのだろう。
 入室したと同時に、病室と同じく白い色をした枕が飛んできた。

「っと――リン?」
「来ないで!」

 叫ぶようなその声に、俺は近づこうとした足を止めた。彼女は枕を投げたであろう体制のまま、包帯の巻いてある顔を震える手で隠していた。隠れていない左側の目は腫れており、泣きはらしたのであろうことが容易に分かる。

「リン……」
「おねがい、みない、で……」

 ボロボロと左目から大粒の涙を零しはじめたリンが、すっと俺に背を向けるようにしてベッドに腰掛ける。俺は彼女を刺激しないようにと、極力音を立てないようにして持ってきた花束を近くの台に置いた。
 その台をもともと占領していた食事は手を付けられた形跡はなく、湯気を立てることをやめて静かに花束を受け入れる。

「……顔の、右半分がもう、だめなんです、火傷で。右眼も、もう、見えないって。……鏡で見たら、すごい気持ち悪くて」

 まるでB.O.Wみたいでした、と嘲笑するリンに、俺は何も返せなかった。ズッと鼻をすする音が、病室に小さく響いた。

「これは罰なんだとおもいます」
「罰……?」
「私、苛められていました、ずっと。この赤毛のせいで」

 ただ、それだけの理由で。
 ぽつりぽつりと話してくれるリンの声は弱弱しいもので、その細い体でどれだけの悲しみを背負っているのか、俺にはすべて理解をすることはできなかった。

 それでもその震える背中に何か言葉をかけたくて、俺の言葉で彼女の笑顔を引き出したくて、つらかったなと自分でも驚くくらいに優しい声を投げる。しかし、彼女の背中はそれをよしとせず、ピクリと小さく反応を示すと、彼女は静かに首を振った。

「きっとウォルのほうが、つらかった」

 リンの口から吐き出された名前に、一瞬で体中の血液が熱を持つ。
 どうしてそこで、ウォルの名前が出るのだろうか。今話している話題はリンのことで、そのリンと話しているのは、俺、クリス・レッドフィールドであるにも関わらず、なぜ。

「なぜそこでウォルをかばう?」

 感情に任せて吐いた言葉は、自分で考えていたよりずっと低いものだった。俺の声にびくりと肩を震わせたリンがようやく俺のほうに顔を向ける。
 やっと顔を見れた、と喜びたかったが、その顔にあるのは少しの恐怖と困惑、そして少量の怒りだった。

「どうしてって……本当のことですから」
「しかし、奴は君をひどい目に合わせているんだぞ」
「それとこれとは話が――」

 何を言ってもウォルを庇う姿に、胃がぎりぎりと悲鳴を上げる。ムカムカとした気持ちの悪さが食堂をせりあがってくる。

「奴はオオカミだった!!」

 再び感情に身を任せれば出てきたのはもはや怒鳴り声で。もちろんリンがこんな姿に怯えないわけもなく、先ほどより大きく肩を跳ねさせると、下唇をぐっとかみしめた。
 俺を映すその瞳に浮かぶのは、恐怖と、そして少しの失望、とでもいえばいいのか。どうみても、俺にいい感情を抱いている目ではない。

「――今日は帰ってください」
「リン、俺は」
「いいから帰って!……1人に、してください」

 うつむいたままこちらを見ずに告げられた言葉。自業自得なのはわかったが、それでもこの苛立ちと、悲しみを抑えることができず、俺は乱暴に病室の扉を開けるとこの日は振り返ることなく病院を後にした。
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