嫌に真っ白な部屋にピ、ピと響く無機質な音。それは先ほどから一定のリズムを崩すことはなかった。俺の目の前で部屋と同じく白いベッドに横たわるリンは、あの一件以降目を覚ましていない。
俺はベッドのそばに置かれているパイプ椅子にどかりと腰を落とし、そのまま膝の上で組んだ手に顔を押し当てる。
仕事を早めに切り上げて、病室に来てリンの傍で数時間過ごす。ただそれだけの時間を、俺は既に1カ月も繰り返していた。
医者が言うにはすでに峠を越えているらしく、あとはリンの頑張り次第なのだという。なんて無責任な!とジルに押さえつけられながら怒鳴ったのが、もうだいぶ昔のように感じる。
いつものように息を吸えば、それは思わずため息となってこぼれていった。
あの時、ヘリに乗っていた隊員の放ったロケットランチャーは的確にウォルへと命中し彼の体をバラバラにさせた。ウォルの体には脅威だった回復力はなくなっていたらしく、肉片をまき散らしながらその生命を終えている。
崩れ落ちるB.O.Wを見ながら隊員がやったぜ!と歓喜の声を上げる中、俺とジルはウォルの下敷きとなっていたリンのもとへと駆けつけ、そして絶句した。
冷たい床にぐったりと横たわるリンの顔の半分は赤く濡れていた。それがウォルの血でなく、彼女自身の血だというのは火を見るよりも明らかで。
「なんてこと……」
隣でジルが絞り出すようにして震える声を漏らした。
血濡れのリンの顔から伸びる、ありえない物体。それの根元は、彼女の右眼だった。よく見ればそれは、吹き飛んだウォルの爪だというのがわかる。
膝から崩れ落ちるジルを視界の端にとらえながら、俺は血の気が引いていく思いがしていた。ぴくりとも動かないリン。彼女が嫌っていた赤毛も血に濡れて黒ずんだものへと変わっていた。
這うようにして近づいたジルにより、まだ息があることが発覚し急いでヘリに乗せてこの病院へと向かったが、その間、俺は情けなくも震えそうな自分の手に力を入れて抑えることしかできないでいた。
はぁ、ともう一度大きなため息を吐く。
ここに入院してから、彼女の顔の右半分には真っ白な包帯がいつでも巻かれている。その包帯の下を見たことはないが、それでも知っていた。
彼女の顔の半分が酷い火傷を負っていることを。そして、彼女の右眼は、二度と使い物にならないのだということを。
火傷はロケットランチャーの熱風が原因だった。体や顔の左半分はうまくウォルの肉体が盾になり、そこまでひどい怪我はしていないが、どうしてもっとしっかり確認してから撃たなかったのだと、俺は隊員を責めた。
彼を責めたところで何になるわけでもないのはわかってはいたが、どうしても何かのせいにしないと気が済まなかったのだ。
リンが、死ぬかもしれない。そう思った瞬間、俺は俺でいられなくなるのではないかと思うくらいに動揺した。
口の中がカラカラに乾く。目の前がチカチカする。吐く息だけが熱く、それ以外すべてが冷たく感じていた。
正直、今までだって助けられなかった命がある。目の前で散ったものも、数えきれないほどだ。
しかし、そのどれでも、これほどの感情を抱いたことはなかった。
いうならば、絶望。世界から色が消えたような、音が、温かさがなくなったような。
そこまで考えて、思わず苦笑いする。
本当に少しの時間しかともにしていないのに、こんな気持ちになるなんて、どうしたものか。
それなりに、経験がある俺は、この胸を占める感情の名前についてはなんとなく、いや、しっかりと気が付いている。ただ、過去で抱いたその感情がここまで激しいものではなかっただけであって。
彼女も自分と同じ気持ちであればいい、と思うと同時に、それはないな、ともう一度苦笑いを零す。
「ぁ……」
――時が、止まった。そう錯覚した。
小さな、そして掠れた音。俺ははじかれるようにして顔を上げた。
先ほどと同じように白いベッドに横たわっているリン。違うのは閉じられていたはずの目が、ぼんやりと開かれていたことだけ。
「リン?」
やっとのことで絞り出せたのは歓喜に震えた情けない声。しかし横たわる彼女はその声に目を細め、唇だけを小さく動かした。
おはよう
空気を震わせることも、音を奏でることもなかったその言葉。それは俺の耳に届いたとたんに彼女の声を再現し鼓膜を震わせた気がした。
リンが、目覚めた。
その現実に、俺は目頭が熱くなるのを隠すように、小さく細い体を折れないように抱きしめた。
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