俺とジルは怒りに任せ赤い液体を煽ったウォルへと銃口を向けていた。彼の姿はすでに人間としての原型など留めておらず、肉をむき出しにした巨大なB.O.Wへと成り果てている。
後ろで怯えたような声を上げたリンを先に逃がしたが、チラリと振り向いて確認した彼女の顔にあるのは少量の恐怖と、そして後悔だった。
もつれるような足音を背中で聞きながら、俺は銃をしっかりと握りなおす。銃弾は相変わらず少ない。現実的に考えて、今俺たちが持っているだけの銃弾でウォルを抑えることはできないことは目に見えていた。
「ジル、応援が来るまで耐えられるか!?」
ウォルのあげる咆哮に掻き消されないように声を荒げて尋ねれば、ジルも俺と同じように声を荒げて返事を返してくる。
相棒から貰った了承の返事を合図に俺は床を蹴った。
薬によって肥大化した腕が振り下ろされるのを転がりながらよけ、俺は申し訳なく思いながら部屋に積み上げられていた死体の山を駆け上る。その間にジルがウォルの後ろを取るように素早く移動をし、銃弾を数発放つ。
ウォルが意識をジルに向ければ、俺はナイフを片手にウォルの無防備な後頭部へと飛びかかった。
グチュ、となんとも気持ちの悪い音を立ててナイフを首に突き刺し登ったウォルの肩は、ぬるぬるとした粘液に塗れており気を抜くと簡単に滑り落ちそうだ。
バランスをとるようにしながらジルが意識を俺から逸らしている間に俺は背中に背負っていたショットガンを構え、ようやくこちらを向いたウォルの顔面へ銃口を付けるようにして引き金を引いた。
乾いた音と肉が飛んだような湿った音を聞きながら、銃を撃った反動で体が滑り落ち、背中を固い床へと打ち付ける。なんとか受け身をとって体制を立て直しウォルを見上げれば、顔の半分が吹き飛び苦しむ姿があった。
「ァァアアアアアリン!!」
わずかに残った口だけが叫ぶのは、先ほど逃がした少女の名前。
ウォルは吹き飛んだ場所を片手で抑えながら、幼い赤子が癇癪をおこしているときのようにブンブンと腕を振り回す。がむしゃらな攻撃にも思えるが、その行動はまるでこの場にいないリンを手探りで探しているようにも見えた。
腕が当たらないところまで避難しながら、俺は頭の隅で考える。
リンの何にウォルがここまで執着するのだろうか。境遇が同じだったから、だろうか。それとも騙しやすかったから?
リンとウォルの間に感じる何かしらの共通点、当人同士にしかきっとわからないのであろう何か。そういうものがあるのだろうか。
そこまで考えて唐突に胃がムカムカするのを感じた。思わず胃があるであろう部分に手を添えてみる。
「クリス!ウォルが!」
慌てたようなジルの声で俺はようやく意識をウォルへと戻す。しかし時すでに遅く俺の目が捉えたのは、いつの間にか窓の外へと蜘蛛のようにして壁を伝って出ていくウォルの後ろ姿だった。
「くそ!」
「ウォルはリンを求めている、リンが危ないわ!」
はっとしたように走り出したジル。俺は先頭の最中に考え事に没頭してしまった自分に対してもう一度汚い言葉を吐き、相棒の後ろを追うようにして部屋を飛び出した。
来るときにも通った血だらけの廊下を駆け抜ければ、徐々に聞こえてくるヘリの音。応援のヘリだろう。リンが無事にヘリで回収されたのだろう、と胸をわずかに浸した安堵は、廊下の角を曲がると同時に絶望へと姿を変えた。
座り込むリン、襲い掛かるウォル。そして、渡り廊下があったはずの場所にいるヘリ。ヘリに乗っている隊員の肩にはロケットランチャーが担がれていた。
あの隊員の位置からは、ウォルの巨体が影になってリンの姿が見えないのだろう。彼の口元はB.O.Wの背後をとったことに緩んでいた。
「やめろぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」
力の限り出した声は、誰に届くこともなく。
一瞬、ウォルに向けて両腕を広げるリンの姿が見えた気がした。
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