自分の髪が嫌いだった。前世から引きついで、焼けたみたいに赤い髪が。
ひそひそ、ひそひそ。私の周りに常に付きまとっていた小声と視線。最初はとても、イライラしていたのを覚えている。
そうやって、悪い意味で人の目を引くのは今生も同じだったようで。
両親が金髪なのに、一人の娘の私だけ赤い髪。そんな私には幼い頃から異質を見るような視線が付きまとっていた。前世の記憶を取り戻してからはそんなに気にしなくなったけれど、その前はどうして自分がこんな目にあうのか、と1人悩んだものだ。
小学校に入ってから、視線のほかに悪口が加わった。赤毛だとか、実の子でないとか。そんなことを、直接私に言ってくるのだ。精神年齢だけは無駄に年をとっていた私はそんな言葉に反応することすらなく、むしろ子供は純粋だな、などと他人事のように思う始末だった。
中学に入れば、古典的ないじめが始まった。教科書への落書き、私物の盗難。よくもまあ、ここまで古典的なことをしようと思うな、とは思う。一番キたのはロッカーをあけたときにゴキブリの山が零れ落ちてきたときだろうか。流石に気持ち悪かった。
高校時代は大きな事件があったから、みんなそれどころではなかったみたいで。特に何事もなく、自分でも感動するくらいには平和な三年間を過ごしたと思う。
そして、今。
狭苦しい掃除用ロッカーの中で私はため息を吐こうとして、慌てて飲み込んだ。此処で下手に音など立ててみろ。確実に気づかれて、ジエンドだ。
バクバクとなる心臓を押さえつけて、私はふたたびロッカーの外へと意識を集中させた。
大学に入って、いじめは肉体的暴力へと変わっていた。水を浴びせられたり、閉じ込められたり。服が汚くなるのでやめてほしかったが、歯向かえばどうなるかなんて目に見えている。なんどか大学を辞めようかと悩んだこともあったが、こんかいばかりは閉じ込められたことに感謝しなければいけないかもしれない。
――私を閉じ込めた人たちはすでに、うなり声を上げる屍へと姿を変えているけれど。
私は口の周りを食事によって汚してしまった彼女たちから目をそらす。
此処に隠れているのも良いが、きっと、いや、確実に近いうちに見つかってしまうだろう。
そうなれば、私も彼らの仲間入りか、おいしい食事へと変わってしまう。それだけは、避けたい。
幸いにも、彼らゾンビの足は普通に歩くよりも遅いのは知っている。つかまってしまえばアウトだが、彼らの意識が何かに逸れている間に窓から外に出てパイプを伝っていけば下に下りることは出来るだろう。
大丈夫、“あのとき”みたいに。私なら、出来る。
胸の前で祈るように組んでいた手に力を入れて、私はグッと覚悟を決めた。
――と。
タァンッ
狭い教室内に響いた一発の銃声。
何があったのかはよくわからないが、ゾンビたちの意識はいっせいに音源に向けられているようだ。これは、チャンスなのではないだろうか。
私は組んでいた手を離し、そうっとロッカーの扉に近づける。緊張で早くなった息をそのままに、耳をそばだてる。
タァンッ
脱出劇の幕開けの音に聞こえたそれを合図に、私は勢いよくロッカーの扉を押した。
[ 3 / 22 ]