幸せなお花畑
 ピ、ピ、ピと無機質な音が聞こえる。目の前に広がるのは真っ白い天井で。ぼんやりとした頭では此処が病室なんだ、と理解するまでには少し長く掛かった。

「ぁ・・・・・・」

 出した声は掠れていて音という音にはならなった。まるで久しぶりに声をだしたような感覚に見舞われる。

「リン…?」

 優しい声が、直ぐ近くでした。
 顔と体はどうしても動かなくて、仕方なしに目線だけ横にずらせばそこには目を見開いたまま固まっているクリスの姿。髭が伸びっぱなしで、少し隈もあって。それでも目も口も開いて見下ろしてくる顔が、なんだか笑えた。

 おはよう

 声が出ないのはさっきので分かっていたから、そう唇だけ動かす。そんな私の言葉に返事はなく、代わりに数回の瞬きの後、泣きそうな顔をしたクリスが降ってきた。
 降ってきた、のではなく抱きしめられたのか。そう理解するには、病室にいると理解するのに要した時間の倍は必要だった。

「良かった、目がさめて」

 クリスの声は震えていた。大きな体の持ち主なのに、その体すら震えていて、申し訳なくなって私は静かに目を閉じる。その間もぎゅうぎゅうと体は締められていて、もしかして夢の中の母親といい勝負かもしれない、と頭の片隅で考えた。

「医者が」

 ポツリと呟かれた言葉に、私は閉じていた目を開く。

「峠を越えた、と言っていたのに1ヶ月も目を覚まさなくて」

 そんなに私は眠っていたのか。道理で声も出ないし、喉も渇くわけだ。
 心配したんだ、と続いた言葉に、心がぽかぽかと温かくなるのを確かに感じて。私は掠れた声で、ごめんね、と謝罪を口にした。
 途端、ぎゅう、ともう一度私を抱きしめる腕に力が入り、そしてゆったりとした動作でクリスが離れる。私を見下ろす優しい目は少しだけ潤んでいて、あぁ、幸せだなぁ、と30年ぶりくらいに思った。

「おはよう、リン」

 ほころんだクリスの顔と、優しい目覚めの言葉。
 嬉しいも、悲しいも、嫌われたくないも、好かれたいも。凍り付いていた心は全部解けて。素直に、今生きていることが、彼をふたたび見れたことが、幸せでとても嬉しく思った。
 ナースコールでクリスがお医者や看護婦さんを呼んでいるのを聞きながら、今、この瞬間。今度こそ本当の意味で、私は生まれ変わったのだ。


 赤ずきんの独白
 ―私は幸せの赤色を誇りに思う―


END…?
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