平気だった。陰口を言われるのが、好奇の視線を浴びるのが、嫌われるのが、苛められるのが。
慣れてしまえば、特に苦でもなかったのだ。前世でも、今生でも。
そんなのは、嘘だ。
つらかった。陰口を言われるのが、好奇の視線を浴びるのが、嫌われるのが、苛められるのが。
慣れたふりをして、泣き出しそうな自分の本音から目をそらしていたのだ。
前世でも、今生でも。
そんな凍りついた気持ちを溶かしてくれたのは、クリスとジルなんだと思う。
特に何かしてもらったわけでもない。それでも、ただ普通の人に接するように接してくれる。ただそんな平凡なことが、何よりも嬉しくて、何よりも手放したくないものだったのだ。
『リン』
私は先ほど恐怖した。ウォルの言った言葉でクリスとジルが私を突き放すのではないか。嫌われるのではないか、と。
私の名前を呼んでくれた優しい声を、私はなくしたくなかった。クリスとジルに、嫌われたくなかった。
きっと、ウォルもそうだったのだろう。嫌わないでくれと、拒絶しないでくれと。元をたどれば、彼の求めたものは私も求めていたもので。彼は、すがりつく方法を間違えてしまっただけで。
私は、彼を拒絶した。オオカミになんてなりたくないと。
「ウゥア……ア、リン、アアアアアアアア」
走って逃げたくせに、逃げるしか私には出来ることは無いのだと考えたくせに、私は連絡通路の開け放たれた扉の前で座り込んでいた。
苦しいやら、情けないやら、悲しいやらでほとほとと1人で涙を流しているところに現れた異形のB.O.W。ひっ、と喉が引きつったが、ソレとぴたりと目が合えば怖がることなんてなくて。
振り上げられた巨大な爪は私への復讐だろうか。
私にはそれを避ける資格はない。この爪は彼の怒りと、縋りなのだから。まぁ、もう動くだけの気力なんてないのだけれど。
バラバラとヘリが起こす雑音と、後ろからはあわただしい足音が聞こえる。
「ごめんね、ウォル」
私だって、オオカミだった。
せめてもの償いに。私は両手を目いっぱいに広げて。先ほどジルが私にしてくれたように彼の涙を受け入れよう。
顔の右側に鋭い痛みが走り、すぐさま私の体は熱すぎる風に包まれたのだった。
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