オオカミの遠吠え
 見開いた目で、ウォルは私を見ていた。まるで、信じられないというほどにその顔は絶望に塗られ、血の溢れている手を押さえていた手も、今は力なく下を向いている。
 嘘だろ、と小さく呟いたウォルの声が聞こえた

「……リンさんは優しいよね」

 静寂に落とされた言葉に、私は眉を寄せる。ウォルは腕を押さえていた腕をポケットに突っ込み、ごそごそと動かしながら次々に言葉をつないでいく。

「人のために一生懸命になれるし、僕の足が遅ければ腕を引いてくれるし。すばらしいよね、絵に描いたような優しさだ。そして、弱い」
「なにがいいたいんですか」
「だからこそ、僕が1人で研究室に行くといえば君が付いてくるのは手に取るように分かっていたよ」

 私の質問には答えずに1人で話し続けるウォル。俯いた彼の肩はぷるぷると震えていた。しかし、それは悲しみによる震えではない。

 彼は、笑っていた。

 すっとポケットから出された手に握り締められていたのは、赤い液体の入った試験管。先ほどのウイルスとは違い、完全に真っ赤な液体の入った試験管のふたを開けてウォルは吼えた。

「これで終わりさぁあアア!!!」

 止めるまもなくウォルは赤を一気に呷る。ごくり、と喉仏が上下するのが確認できたと同時に、彼の体から耳を疑うような音が漏れ出す。いや、音だけではない。
 全てが目を疑う光景だった。

「ァァァアアアアア!!!!」

 苦しそうな叫びと共に、彼の体はどんどん膨らみ、手が裂け、額が割れ、肉がむき出しになる。
 カタカタと、ふたたび歯がなり始めた。ぶくぶくと音を立てて更に異形のもの、B.O.Wに成り果てるウォルに、私は底知れない恐怖を感じる。

「くそ!リン、先に逃げろ!」
「クリスさん、でも」

 2人を置いていくわけには、と私が渋ればクリスは私の肩をガシッと掴んで視線を合わせた。真剣な2つのそれは、私が目を逸らすことを良しとしない。

「いいか、向こうの校舎は屋上まで一本道にしてある、敵も居ない。屋上まで逃げ切ればヘリが直ぐに来るはずだから、君はそれに乗るんだ!さぁ!!」

 私に選択肢はないまま、彼は私を部屋の外へと軽く突き飛ばし扉を閉めてしまう。
 此処に残っても、私に出来ることは何もなくて、足を引っ張るだけになるのはなんとなく分かった。それならば、私に出来ることはクリスの言った通りに屋上へ逃げて先にヘリに乗り込んでいることだろう。
 私は働かない頭を連れて、研究室を飛び出した。
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