猟師は狼の腹を裂いた
 突如なくなった力に、私の体は対処することも出来ずに後ろへと倒れた。
 ドッ、と尻餅をつくのと同時に、パリンと何かが割れた音が鼓膜を振るわせる。

「リン!!」

 零したはずの涙が、ふたたび視界を奪った。
 無意識に伸ばした手はやわらかい手につかまれ、そして体ごと強く抱きしめられる。

「ジル、さ……!」
「リン!あぁ、無事でよかった!」

 呼んだ名前は驚くほど震えていて、ぎゅうぎゅうと抱きしめられるたびに自分の体も震えていたんだということに気がつく。瞳をぬらしていただけの涙は、止まることなく頬を伝って私を抱きしめるジルの肩に染みを作っていった。

「間に合わなかったらどうしようかと思ったわ!怪我はない?」
「ジル、再会を喜ぶのは後にしよう。先にこいつを!」
「オーケィ、クリス。リン、立てる?」

 いつの間にか隣に立っていたクリスに返したキリッとした声とはまったく間逆の柔らかい声で尋ねられれば、私は涙で濡れた顔で頷き、ふらりと立ち上がる。それを確認した二人は、私を後ろに庇う様にしてウォルに銃口を向けた。

「はっ、そんな普通の銃弾が僕に効くとでも思う?」
「その台詞は自分の体を見てから言うのね」

 先ほどの銃声と共に放たれた銃弾は、彼の腕を貫いたのだろう。彼の手は赤く濡れていた。腕には穴が見え、私は目をそらし、そして少し首をかしげる。
 なぜ“治らない”のだろうか。
 彼は言った、腕をくっつけたと。彼の体には傷なんてなかった、人間ではないから。
 ならば、あのくらいの傷、直ぐ治るのではないだろうか。
 どうやらその疑問はウォルにもあったようで、視線を彼に戻せば、驚いたように自分の腕を押さえていた。

「な、んでだよ!何で治らない!治れ治れ治れ!!」
「どうだ、自分で作った“薬入りの銃弾”の味は」
「どんないい薬でも取りすぎは毒になるものよ」

 どうやらウォルの腕に打ち込んだ銃弾は、なにやら特別なものだったらしい。ウォルの腕に開いた傷は治ることなく、ダクダクと血を流し続けている。

「彼が人間をやめるために使ったウイルスよ」

 まるで私の疑問がわかっていたかのように、ジルは目線だけを私に向けてそう口にした。

「新型のウイルスだ。どこからか流れたTウイルスに改良を重ねて治癒力を格段にあげたものさ。実験台になった人たちをぶどう酒製造所から攫ってきたこと、ウイルスの色からなんてプロジェクトワインなんてふざけた名前の付いたらしい。」
「治癒力が上がれば簡単に倒せなくなる。それを狙ったみたいだけど、途中で何かしら失敗したんでしょうね。異常なほどの感染力の低さと、治癒力と目の色の変化以外には何の効果も得られないから商品として扱われることはなかった。バイオテロ組織ですら手を伸ばさない代物よ」

 なぜ彼は、そんなウイルスを取り入れたのか。自ら?それとも誰かにそそのかされた?

「くっそ!くっそ!!どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがってぇぇぇぇえええええ!!!!」

 リンさん!

 そういって私に微笑みかけてきたウォルの顔は、今はどこにも見えなかった。
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