おつかい失敗
 恐怖が過ぎるあまり、体は震えることすら出来なかった。ただ顔から血の気が引いて、私は見開いた目で目の前に立つ影を見上げていた。

「もう、リンさん。ちゃんと僕持ってきてって言ったよね?」

 机の上に置きっぱなしだったよ。と先ほどまでと変わらない笑顔で私を見下ろす男。彼の服も顔も血で汚れている、が、肉体には傷なんてひとつもない。

「ウォ、ル、死んだはず、じゃ」
「あれ、僕が生きてて嬉しくないの?」

 そんなに泣きそうな顔をしているのに、と笑顔で首を傾げながらウォルは私の腕を掴み、力任せに引き上げた。私がされるがままに立ち上がれば、ウォルは服が汚れたね、と私のスカートを軽く叩いた。右手で。

「腕、なんで」
「え?あぁ、飛んでいった腕が何であるのかって?そりゃくっつけたからだよ」

 くっつけた?
 私は無邪気に笑うウォルの言葉が、ただただ、理解できないでいた。
 もしかしたら、この耳も、目も、脳みそも人の物なのかもしれない。そう思ってしまうほど、今私を取り囲む現実が遠いものに思えた。

「はい。汚れ取れたよ。せっかく可愛い格好してるんだからもったいないよ」

 普通に話しているウォルが、異質にしか見えなかった。

「さて、と。そろそろ行こうか。向こうもそろそろ片付いているだろうし」
「ウォル、どうして2階のシャッターがしまっていたんですか」

 頭の中でぐるぐると堂々巡りになっていた質問が、唐突にポロリと口から零れだす。
 おねがい。どうか答えないで。知らないと、だけ、お願い。
 しかし、ウォルは私に背を向けてお菓子の箱を開けながら口を開いてしまった。

「質問タイム?まぁ、時間はいくらでもあるからいいけど。えーと、なんだっけ2階のシャッターが閉まってた理由だよね。僕が閉めたからだよ、先に。制御室の鍵が開いてたのは、また戻ってくることは分かっていたから閉めないでおいたんだ」
「どうして、クリスたちこないん、ですか」
「僕が彼らを3階に閉じ込めたからね。今頃大量のゾンビの仲間入りじゃない?……おっとと、薬こぼすところだった」
「ウォル、どうしてあなたの体は、傷ひとつないんですか」
「なんだか、赤ずきんちゃんとオオカミの会話みたいだね。まぁ、あながち間違いではないね。リンさんのあだ名も赤ずきんちゃんだったみたいだし。この一連の事件の犯人という意味では僕もオオカミか」
「ウォル」
「あぁ、しつこいな。僕の体に傷がないなんて答えはひとつじゃないか」

 くるりと此方を向いたウォルは、赤紫の液体の入った注射器を手ににっこりと私に微笑んで見せる。底知れない恐怖を感じる笑顔だった。

「僕が人間じゃないからだよ」
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